しかし、遅かった。
「ああ腹が立つ!」
「うわっ!」
医師のなぐさめを待たずに、魔法使いは立ち直った。
医師は威嚇されたように手を引っ込める。
「何を怒るんだ! いきなり」
その言葉には、驚きと無念さとがあい混じっている。
魔法使いクリスティーナは、すっかり顔を上げた。
柳眉の間にはしわが刻まれ、白い額には青筋が浮いている。
「良く考えたら! あのちびっ子王子、まだもう一箇所気付いてないことがあるじゃないの! ったく、誰のお陰で命拾いしたと思っているのかしら! 生意気だわ!」
そして、小さい子どもにするように、にっこり笑って医師の頭をなでた。
「惜しかったわね? あともう少し早く手を出していたら何とでもなっていたのに。あなたの暖かい気遣いだけは、いただけたわ」
「!」
自尊心が高い医師は、その小馬鹿にした言動に気分を害した。
「クリスティーナ! 私をからかったな!」
「とんでもない」
声を荒げる医師の両頬を、クリスティーナは嗤いながら引き寄せた。
医師の額に、液果のように柔らかい唇が触れた。
「!」
医師の白い頬が、火傷したように赤くなる。戸棚に向かっていた助手も、その光景を目にしてぎょっとしていた。
魔法使いは、笑った。
「呪いのキスじゃないわよ? ありがとう坊や」
そして、現われた時と同じように唐突に消えた。
「……」
医師は額に左手をあてて、今まで彼女がいた場所を呆然と見つめ、やがて照れ隠しのようにつぶやいた。
「誰が坊やだ。まったく。私の方が年上なんだぞ」
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