下書きばかり載せている「下書回廊」

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



4 「三日月国の物語」の下書回廊

魔法使い見習いさんが聖王をどっかに転移させちゃう話。


流砂の街が故郷のセリーヌ
止水の村が故郷のキャシー
実は過去の大魔法使いのリオナ(化けてる。古い書物を書いたのは彼女)


流砂に奪われた町。止水に閉ざされた村。
少女たちは出会う。それぞれの思いを、心に抱いて。

 流砂と止水の未来

 朝。
 夏。
 セミ時雨。
 丘の上の王宮には、暑い盛夏の朝日が、城下町よりも一足早く、おつりがくるほどいっぱい射し込む。
「暑いねー」
「ほんとに。脚が蒸すのよねぇ」
「それなら、ほら。こんなふうにすると、すーすーして気持いいよ?」
 見習い魔法使いセリーヌは、くるぶしまで届く長い衣のすそを膝上まで持ち上げると、ばっさばっさと振った。同年の友人リオナも、同じことをして涼を取る。おとなしいキャシーは、ただそっと笑って二人のすることを見ている。
 王宮の闘技場の近隣にある、魔法使いたち専用の建物。その2階にある露台で、彼女たちはそんなことをしていた。
「これこれ見習いさんたち。下着が見えるぞ。はしたない。目のやり場に困るだろうが」
 通りかかりの男性魔法使いが、そうは言うものの動揺した様子も無く、乙女たちの脇をさっさと通り抜けていく。
 セリーヌたちは無邪気に笑う。
「先輩、どうです? 見て行きませんか?」
「今なら無料でご覧になれますよー?」
 振り向いた魔法使いはしかめ面になり、舌を出して応じた。
「生足なんざ、上級魔法使いで見飽きとるわ」
 そして進行方向に顔を戻すと、手だけ振って寄越した。
「じゃあなー。俺はこれから王宮に行かなきゃならん」
「はーい。お気をつけて」
 そのまま去ろうとした魔法使いは、少女たちに声だけ放って寄越した。
「あとな、下を通る武道家さんたちには本当に目の毒になるから。鍛錬の邪魔。そういう涼の取り方は、どっか他所でやんなー」
「え? 下?」
 積極的な性格のリオナが、露台のふちまでスタスタと歩いて行き、見下ろした。
「あら。観客がいたー!」
 少女は、気を悪くしたふうも、恥ずかしがる素振りも見せずに、からりと声を上げた。
 すると、それまでぽかんと見上げていたたくましい4,5人の青年たちが、あわてて顔をそらした。
「ねーえ! もっと見ますー? 今なら冷たい飲み物と交換でー」
 リオナは、愛らしい笑みを浮かべて、あっけらかんと話しかける。
「! ごめんなさい! 失礼しましたっ!」
 青年たちは悲鳴のようにそう言うと、脱兎のごとく闘技場へ駆けて行った。
「よくわからないけど、勝った気がするわ!」
 リオナはおかしそうに笑って、二人の友人を見た。
「そんなふうに言ったら、誰だってびっくりするよー。普通、そんな勧誘する人いないってば」
 セリーヌはくすくす笑った。
 気弱なキャシーも、笑った。
「ふふふ」
 リオナは微笑んだまま首をすくめてみせる。
「あ、やだ、キャシーまで笑って。もう!」

 三人は、露台から屋内に歩きながら会話を続ける。
「そろそろ実習の時間だね!」
「今日はどなたが教えてくださるんだっけ?」
 いきあたりばったりが多いリオナに、キャシーがおとなしく微笑んで言う。
「そう、たしかオリナスビエンティークさんよ」
「本当!?」
 リオナは目を輝かせた。
「やった! 上級魔法使いに教われるなんて! どんな魔法を教えてくださるのかな?」
「どんな、っていうか、それぞれの適性に応じた魔法みたいよ?」
 はしゃぐ友に、少女はそっと言い加えて、楚々と笑った。
「適性!?」
 リオナはぱっと顔を輝かせた。
「私、水の魔法が好きなの! ぜひ教えていただこうっと! それから、火でしょ、風でしょ。あー、いっぱいあるわ!」
 セリーヌは「適性ね……」と言って、歩いている通路の天井を見上げた。
「あたし、何の魔法に向いてるかな? 苦手は風、水もあんまり。地は、上手になりたいんだけどなあ。精霊召喚とかも教えて欲しいけれど、うーん。適性とかじゃなくって、私はそれ以前の話だなぁ。まだまだ勉強することがたくさんだよ」
 考え込むセリーヌに、キャシーはそっと微笑んだ。
「まだ習い始めたばかりだから、自分でも、何に向いてるかなんて、はっきりわからないね?」
「そうよね」
 セリーヌは肩をすくめた。
「ね? そういうキャシーは?」
 リオナがいきなりたずねた。
「え? なあに?」
 またたくキャシーに、リオナは、にこにこ笑って言をつぐ。
「魔法よ! 何が好き?」
「え……ええと、」
 キャシーは、少しとまどった様子だった。
 無意識なのか、胸に掛かっている、鎖につながれた透明な小瓶に触れた。セリーヌはその姿を見て、少し目を見開いた。
 キャシーは、小さく微笑んで返事をした。
「今は、転移の魔法」

 三人は、昔からの友人ではない。
 出会ったのは今年の春。王宮に見習いとして上がるようになってからだった。まだ13歳。同い年で同じ時に王宮に上がり、同じく家を離れて自立した。同じ志を持つ少女たちは、新しい悩みや不安やとまどいや喜びや期待や希望を同じように味わって、友達になった。

 セリーヌは、キャシーに自分と同じくせがあることに興味を持った。
 自分も、何かあったらそっと触れる小瓶がある。キャシーのように胸には掛けておらず、それはポケットの中にしまわれているけれど。
 私はそれに触れると、「頑張ろう」っていう気持ちになれる。
 キャシーにとって、その小瓶に触れることには、どんな意味があるんだろう?


「過疎、か」
 たった5枚の文書を手に、王は思案顔だった。
「王。ございましたよ。書庫で見つけてまいりました」
 年若い女性の臣下のセイラが、一冊の本を、王の執務机の上に乗せた。古い書物らしく、ふちが所々すれ、色あせて黄ばんでいる。
「かの地の歴史は、古うございますね。貴重な場所でもありますし。けれど、このまま時の流れにまかせ静かに亡くした方が良いのか、それとも、復興させた方が良いのか……」
 デューク王は息をついた。
「そう。私もそこを訪れたことはあります。ここに限っては、無くすにしても活かすにしても、本当の解決にはならないと思うのですが」
 言葉をきってしばし考えた後、王はつぶやいた。
「難しい問題ですね。これは」
 そして再度、文書に目をやった。
「住民も私たちと同じように、迷っている。かの土地を愛してもいるし、捨てたくもある。忘れたくもあり、誇りたくもある」
 文書をめくり、思案し、王は机上の本に目を向けた。セイラが持ってきたものに。
「ここはやはり、先人の言葉を参考にしましょうか」

「ウナギですー! お父様!」
 シンデレラ姫は、細長い川魚をいれた桶を手に、宮殿に帰ってきた。
「おや。姫よおかえり」
 起きぬけに野菜ジュースを一気飲みしていた王は、元気の良い娘の声がしたので扉の方を見て、渋く笑った。
 そして噴き出した。
「ぶふっ!?」
 さらに、気管にジュースを詰まらせて、しばし咳き込んだ。
「ゴホゴホゴホ! ゴホゴホガホガホ!」
 なみだ目になりながらも、娘の持ってきた川魚に目が釘付けとなった。
 それはウナギだった。
 たしかにウナギだが。
 しかし、風格からするとむしろ大蛇だった。大ウナギだ。
 桶からはみ出している。それも、ちょっとどころではなかった。頭部以外、全部出ている。
 父ルシーダファインは、娘シンデレラがちょこんと持っている小さな桶から目が離せなくなった。魚類の頭部以外がはみ出して、ヌタヌタと、のたくっている。
 王は思った。
 うーむ。これは一体、蒲焼何人分になるのだろう。いやいや、こんな大きいのが、そもそも、食用にできるのかな? まあともかく、丸々肥えているので、脂はのっていそうだ。うむ。
 そんなことを考えている先王の周りに、侍女たちが、ふきんや雑巾を手に近寄ってくる。
「まあま、ビショビショねえ……」
「お行儀が悪いったらないですわ」
 思索途中の先王から、コップをさっと取り上げ、衣服についたジュースをぐいぐい拭き、床をぱぱっと磨いて、侍女たちは鮮やかに退出した。大ウナギの存在など意にも介さない。奇妙あるいは珍妙あるいは特異な物にいちいち動揺していたら、宮殿の侍女はつとまらない。
 父は、コップを持った格好のままの右腕を、ふらふらと下ろして、言った。
「ねえ。それ、大きいねぇ?」
 シンデレラ姫は元気に答える。
「はい!」
 先王は「ふうむ……」とつぶやいてうなずき、二度の瞬きの後、さらに聞いた。
「どこで、取ってきたの?」
「東の方です! お兄様のお城よりも、もっとずっと東です!」
「どうやって持ってきたの? 引きずってきたの?」
「いいえ! 胴体は私の体にぐるぐるまきにして、頭部は水を張った桶に突っ込んでやって、そうして持って来ました!」
「そりゃあ……すごいなあ……。なんとも豪気な話だね」
 褒められて嬉しいシンデレラ姫は、にこにこ笑った。
「えへへ! もっともっと沢山いたのですけれど、今日はこれだけです! 食べ切れる分だけ取って来なければ、もったいないですからね!」
「うーむ。そりゃ、感心だったね」
「はい!」
 上機嫌のシンデレラ姫は、ウナギの太長い体を、自分に巻きつけ始めた。
 大ウナギはヌタバタ暴れるが、姫は、なよやかな絹の帯を扱うかのように、やすやすと自分の胴体に巻いていく。
 すっかり、巨大ウナギ巻きになった姫は、桶を片手に部屋を足取り軽く退出する。
「ではお父様、わたくし、厨房の料理人さんたちに渡してまいりますね!」
「うん。いってらっしゃいね」
 扉を開けると、姫は、夏の花を抱えて戻って来た王太后と鉢合わせした。
「あらお母様。ただいま帰りました」
「まあ、シンデレラおかえり……ぶふーっ!」
 王太后は見るなり大笑いした。
「ウ、ウ、ウナ、ウナ……ホホホホホ! ホーホホホホホ!」

「では、行ってくるよ。リニアガーデン」
 オリナスビエンティークは、同僚に一声掛けて、王宮を後にした。
 素足の上級魔法使いは、速い足取りで歩いていく。両脇が足の付け根まで切れ込んだ、足首まである法衣の裾から、艶美な白い脚線がのぞく。
 これから、オリナスビエンティークは、見習いたちの指導に出向く。十三歳の三人の少女たちだ。一人は北方の出身、一人は東方、三人目は西方だった。どれも親元を離れ、独りで城下町にくらしている。性格は、外向的か内向的かでいうなら、中庸、内向的、外向的。今日、オリナスビエンティークは、彼女たちに相応しい魔法をそれぞれ教授するつもりである、が。
 見習いたちについて、彼女は、おかしいと思っていた。
 彼女たちの「条件」が一様に揃っているからだった。
 仕組まれたかのように。まるで、何かの実験試料のように。
 こんなふうに思っているのは、オリナスビエンティークだけではない。多くの上級魔法使いたちは、今年の見習いたちに対してそう思っていた。
 今年の見習いはたった三人しかいない。
 それも、同い年の少女たち。
 外見の色合いも同じ。黒髪の黒目。
 そこまでは、まるで同じ。
 そして、それ以外が違う。
 出身地は三様に異なる。性格も、かすりもしないほどに異なる。
「不思議なこともあるものだ」
 仕組まれたかのように。まるで、何かの実験試料のように。

「はは。それは勘繰り過ぎだ。わたしは何も仕組んではいないさ」
 その彼女はつぶやいて、空を見上げて微笑んだ。
 明るい青空に、三日月は見えないが。
「これこそは、神の采配(さいはい)というもの。ありがたい偶然。これにより、私はこの世に希望を見出せるかもしれない」
 魔法使いであるその彼女は、指を組んで天を仰ぐ。
「神に感謝。さあ、魔法使いたちよ。たまには、その優れた感覚を閉じて、祈ることをなさい?」

 宮殿の厨房に入ったシンデレラ姫は、菜切包丁を持つ料理長にたずねる。
「お昼にはできますか? ウナギの蒲焼」
 料理長は、むむ、と首をひねって、「申し上げにくいのですが、」ときりだした。
「今日は無理かと思いますよ。別の献立にいたしましょう」
「急には無理ですか? 時間が掛かるの?」
「はい」
 料理長はうなずく。
「ウナギはたいてい泥の中に住んでいるので、このまま調理すると泥臭くて、とても食べられたものではないのです。ただ調理するだけで済むのならば、昼までにできあがるのですけれども。しかしその前に、まず泥を吐かせなければなりません。それが一昼夜かかります」
「いいえ」
 金の巻き毛の姫は、首を横に振った。
「いいえ、それなら大丈夫ですよ。これは清水の中に浮いてましたもの」
 料理長も首を横に振った。
「いえいえ。たしかに、姫様が見たその時は、きれいな水の中で泳いでいたかもしれませんが。そもそもウナギの寝床は泥中なのです」
 シンデレラ姫は、にっこり笑って首を振った。
「それこそ絶対に大丈夫です。これは決して泥を飲んでいません。わたくしが保障しますから。さあ、さばいてみてくださいな。私が言ったことが正しいとわかるでしょう」

 魔法使いの館の三階にある実習室。灰白色の凝灰岩が貼られた部屋に、少女たちがいた。期待に胸をふくらませて。
 もう間もなく、ここに上級魔法使いオリナスビエンティークがやってくる。
「わー、楽しみねー! 色々教えてもらおうっと!」
 リオナは嬉しそうにはしゃいでいる。
「とにかく、とにかく頑張なくちゃ。私はできないことがたくさんあるから」
 セリーヌは、どきどきする胸を押さえながら、少し緊張した様子で言った。
 キャシーは、胸の小瓶を右手でにぎりしめ、おとなしそうな色白の顔をそっとふせていた。小さな口は何も言わないが、瞳は輝いていた。

 ほどなくして、オリナスビエンティークが入ってきた。黒髪黒目の三人の少女たちが待つ明るい灰色の部屋に。
「おはよう。キャシー、セリーヌ、リオナ」
 栗色の髪の上級魔法使いは右から順に名前を呼んで、彼女たちの緊張を和らげるべく、少しだけ笑ってみせた。まともに微笑むと、その迫力ある美貌が相手を恐縮させることを、この魔法使いは知覚している。
「私はオリナスビエンティーク。今日の実習の指導を受け持つ。よろしく」
 三人の少女たちは、先輩の、いわゆる「かっこいい微笑み」に見惚れ、そして挨拶をすべきことに気付き、ぺこりと頭を下げた。
「おはようございます! よろしくお願いしますっ!」
「おはようございます。がんばります。よろしくお願いします」
「おはようございます。どうぞよろしくお願いします……」




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