DEEP METAL BATTLE

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



10 命の行き先

 22時。ゼルク中将は、事前の約束どおりに、領主一族が待つ館の応接室へやってきた。
 そして、ひととおりの挨拶を済ませると、こう切り出した。
「ケイタムイ村における紛争の原因がわかりました。呪術者オウバイが有害物質を大量に用いて引き起こしていたのです。今後は、その拡散を防ぐために、軍関係者およびその物資を除き、この村からの一切の出入りを禁止します」
「……え?」
 言われた内容をすぐには理解できず、一同は怪訝な顔をし、次にお互いに顔を見合わせた。
「つまり、どういうことです?」
 そうたずねたのは、領主ではなく、彼の弟だった。50歳前で、一族の資産管理をしている。
「中将殿。すみませんが、もっとわかりやすく言って頂けませんか? こちらには隠居して世情に疎い高齢の者もおりますし、子どももおりますので。どうか簡単にわかりやすく、」
 しかし、そう言う彼自身は理解できていたようで、額に汗がにじみはじめていた。
 中将はうなずくと、平易に言い直した。
「当分の間、村の出入りができなくなるということです。軍人以外は」
「わしらは村に閉じ込められたってことですかな!?」
 80代半ばの男性が声を上げた。口の端が震えている。
「大叔父様落ち着いて、もう少し話を聞きましょう」
 それをたしなめた領主の弟も、顔を曇らせていた。
「え。村の外に遊びに行けなくなるってことなの?」
 領主の娘ローズが眉をしかめ口をゆがめた。「そうみたいだよ」と、隣に座っていた親族がうなずく。
 そして、領主がようやく出した声は、わなわなと震えていた。
「そんな……話を、いまごろ言うんですか……? 紛争は昨日今日始まった話ではないというのに、……それを今さら、」
 彼の訴えるような、すがりつくような視線を、中将は静かに受け止めて、うなずいた。
「驚かせてしまいましたね。遅いと思われるかもしれませんが、有害物質の存在がわかったのがつい先日のことです。汚染規模については現在調査の段階です」
「国軍も知らなかったことなのですか……」
 領主は顔色をなくして目を泳がせた。両手を頭のところに持って来て、ゆるやかに首を振り始める。
「しかし。ああ、……なにを言われているのかさっぱりわかりませんな……。も、もういいですよ。ややこしいことは何も聞きたくない……もう、」
 それを少々苦い顔をして見やった領主の弟が、中将に確認した。
「その有害物質は、人間の体にどれだけ悪さをするのですか? まさか死ぬなんてことは」
 領主が蚊の鳴くような声を上げて弟をとがめた。
「おい、こら、もういいんだ。これ以上聞きたくない。お前、要らんことを聞くな」
 耳をふさいで縮こまってしまった。
「兄さん、しっかりしてください。現実を知らないと正しい対応もできないでしょう? ……全く、」
 弟はすっかり萎れた兄の弱気な姿に困惑し、中将を見つめて、「どうぞお話を続けてください、」と促した。
 中将は、少しだけ微笑むと答えた。気休めを。
「こうして拝見すると、あなた方には目だった症状が現れていないようです。村人の中には、大量に浴びて死に至った例もあります」
「私たち死ぬの!?」
 領主の大叔母がおびえて悲鳴を上げた。
「こわいわ! こんな村になんか居たくない! 村を出て良いお医者様のところに皆で行きましょうよ! そうだわ首都に戻りましょうよ」
「大叔母様、」
 周りに居た親族が安心させようとなだめるが、効果がない。
「だって死ぬって言ったわ!」
「大叔母様、それは関係ない他人の話だよ。俺たち一族の話じゃないよ」
「こわい。死ぬのは嫌よ。こわいわぁ!」
 中将の側に座っていた領主の弟の妻が、「最近、大叔母様ったら物忘れはするわ妙に感情的になるわで……どうしちゃったのかしら……」とためいきをついた。
 青年指揮官は席から立ち上がった。
 こわいこわいと泣きじゃくり始めた老女の前に来ると、床に膝をついて、「大丈夫ですよ」と声を掛けた。
「だって、あなた、死ぬって言ったじゃないのよぉ!?」
 はらはらと涙を流す領主の大叔母をしっかりと見つめ返すと、微笑んで大きく首を振った。
「貴方のことではありませんよ」
「嘘よ」
「本当です」
 笑顔を絶やさずに、青年は答える。そして話をそらした。
「とてもお若く見えますが、お幾つですか?」
 心配事とは違う問いかけをされたので、老女はきょとんと瞬いたが、頬を染めて首を振った。
「嫌ねえあなた。女に年なんて聞くものではないわ? 素敵な殿方なのに、ずいぶん失礼なのね。残念だわ?」
「これは失礼いたしました。ずいぶんお若くてお元気でいらっしゃるので」
 褒められたと感じた老女は、くすくす笑い始めた。
「まあ。あなたにはそんな風に見えるかもしれないけど、これでもあちこち痛んだりしてるのよ? 年をとるって、いやねぇ? 昔は首都で殿方からチヤホヤされたものだけど」
 ホホホ、と、老女は機嫌を直し、口元に手をあてて笑い声を上げた。
「さ、大叔母様、もう寝ましょうか? 夜も遅くなりましたしね?」
 頃合を見計らって、領主の弟の妻が、優しげな笑みを作って、彼女を部屋から連れ出した。話のわからなくなった老女を、これ以上混乱させないために。

「……」
 二人が退出した後、沈黙が支配した。それぞれの胸の中で、指揮官の言葉を斟酌しているようだった。
 中将は一族の様子を確認した。
 彼らは彼から与えられた情報にとまどって目を伏せている。
「中将殿」
 領主が上目遣いをしつつ口を開いた。
「こっそりと外に逃げ出すわけにはいきませんか? 今、大叔母が申したように、首都に逃げたいです。我々が村から出ることを秘密にしてはもらえませんか?」
 指揮官は、動転している相手に気の毒そうな表情を浮かべると、ゆっくり首を振った。
「残念ですが、それは私に対して言うべき言葉ではありませんね。私は今回の指揮官です」
「そ、それは、下っ端なら裏取引ができるということですかな!?」
「いいえ」
 あけすけな物言いをする領主が言質をとらないように、ゼルクはきっぱりと否定した。
「決してそういうことではありません」 
「兄さん、こんな場所で冗談なんて、よくないですよ」
 領主の弟が苦笑して、兄の失言を繕った。
 ゼルク中将は静かに微笑んだ。今までの兄弟の会話からすると、話をする場合は領主本人よりも弟にした方が双方にとって利益になると思えた。
 試しに、弟に対して水を向けてみることにした。
「領主殿は不動産経営をなさっていると聞きます。実務は、弟様がなさっているのですか?」
 弟はうなずいた。
「そうです。兄は『将来的な展望や広い視野』を持つのが得意です。そして人を和ませる冗談もね。事務やちょっとしたことなら、私でもできますからね」
 弟は、兄に配慮した理由をつけた上で、中将との交渉権を彼から自分へ移そうとする。
 領主は弟の色々な配慮に気づかず、単に褒められたと思って喜んだ。
「ハハハ照れますなあ。いや、まあ私はちょっとだけ人より器が大きくって目が利いて先が見えるってそれだけなんですけどね? 弟は私の手足となって頑張ってくれてますよ。いや、いい弟ですよ」
 自分を見失った兄と、現実派の弟なのだ。
 中将は、弟には了承の意味での、兄には受容の意味での、笑みとうなずきを返した。
「わかりました。では、今後のお話については、弟さんの方へいたします」
「へ? まだ話をするんですか!?」
 しかし領主は顔色を変えた。
「?」
 指揮官は首を傾げた。
「そうですが。何か?」
 領主は慌てふためいて声を出した。
「一つ、一つですが! 言っておきたいことがあるのです!」
「……どうぞ」
「私どもはですね、単なる普通の住民です! 市長とか町長とかそんなものじゃありません。『領主』と呼ばれているのは、大昔、ここが鉱山だった時代、ここ一帯が私たちの領地だったから、単なるその名残なんです! 単なるあだ名なんですよ! なあ、そうだろう弟よ!?」
 弟があきれた。
「兄さん今更何を言ってるんですか……。たしかにまあそうですけど。中将殿だってそんなことは先刻承知ですよ。だって国軍の人なんですから、」
「いや! いや! 弟よ! これは重要なことだ!」
 なだめる弟に、領主は首を何度も振った。
 そして中将に必死になって叫んだ。
「もうこの話は私達にしないでください! 私はこの村になんの責任もない! いや、私だけじゃない! 一族全員だ! こ、この館に役所の書類や出先窓口があるのだって、単に場所を貸してるだけの話なんですから! 私らは全く無関係だ! ああー、もう、こんな厄介なことになるのだったら、領主なんて呼ばれるんじゃなかった! なんてこった!」
「……」
 ゼルクは、首長が別にいることも、ここケイタムイが自治体の一部集落に過ぎないことも、当然知っていた。そして、「領主」が首長から行政事務を一部委託されていることも。……つまり、村をとりまとめる役は一部なりと引き受けているのだ。だから、この村の先行きに無関係ではない。
 だが、領主がこんな恐慌状態では話にならない。
「領主殿、」
 中将は微笑んで呼びかけた。
「違います! もう領主などと呼ばんでください!」
 首を振る涙目の彼を、指揮官は落ち着いた声でなだめる。
「貴方に責任を負わせるつもりはありません。そして、何かしてくださいと言ってるわけでもないのです」
「だったら、何故こんな話をするんですか!? まるで私が村民を動かさないといけないみたいだ! 私が村をなんとかしないといけないみたいだ! 嫌だそんなことは嫌だ、やりたくない!」
「いいえ、違いますよ。私があなたにお話した理由は、国軍が、貴方の土地を宿営地として拝借しているからです。ですから、私は、貸主である貴方に、単なる現状報告と説明をしているだけです。それだけです」
 柔らかくゆっくりと、泣く子に聞かせるように言葉を紡ぐ。
 恐慌状態の相手はおそるおそる確認した。
「では、私は何もしなくっていいんですね?」
「そうです」
 中将がした静かだがきっぱりとした肯定に、領主と呼ばれたくない男は駄目押しする。
「本当ですね? 約束できますか?」
「ええ。国軍の業務を負わせるつもりは全くありません。貴方は、今までどおりのことをするだけです」
「本当ですね? 本当にいいんですね?」
「ええ。私がお伝えしたかったのは『村が有害物質に汚染されたこと』と、『汚染が除去されるまで村から出られないこと』の二つだけです」
「……わたしはなにもしなくていいんだ……。よかった……」
 領主は、心から安堵してほっと息をつき、肩から力を抜いた。
 その姿に、指揮官は内心でため息をついた。
 実際は、彼とその家族にとって何一ついい事はないのだが。
 今後、具体的にどんな状況に陥るのか、聞くことをしないこの領主は身をもって味わなければ理解できないだろう。
 その後すぐに、領主はほとんど強引に話し合いを終わらせた。指揮官が約束した「領主がすべきことは何もない」という言葉を撤回されないうちに、早々に話を打ち切りたいという意図が丸見えだった。
 苦笑しつつ部屋を出ようとするゼルクに、エミリが駆け寄って来て甘えようとしたが、顔色を変えた領主に引き止められた。
「エミリ駄目だよ!」
 甘やかされた娘は怪訝そうに父を見た。
「なんですの? お父様」
 父親は、愛する娘の華奢な両肩を必死に握り締めて、首を振った。
「エミリや、駄目だ。もうこの人にかかわっちゃいけないよ。お仕事で忙しいんだから」
「え、どうしてですの? お父様?」
「この方は難しい仕事をしておいでなのだよ。私達が邪魔をしてはいけない」
「……え?」
 今まで、自分が彼に近づくことに好意的だった父が見せた変節を、娘は訝しがった。
 領主は、娘を自分の方になんとか引き寄せようと頑張りながら、年若い指揮官に対して言った。
「さあ、中将、急いでお仕事に戻ってください」

「この子は治療が必要な患者だ」
「やだなー。この個体は採取されるべき試料ですよ」
 医療班の天幕では、医長と研究員が対峙していた。
 二人の間には寝台があり、エフォート少年が昏睡していた。
 医長は顔を顰め、「出て行ってくれ」と右手を振る。
 白い防護服を着用した研究員の表情は外から伺えないが、彼は内部で心から「アハハハハ」と笑っていた。
 そして首を振って断る。
「ほんと、おっかしいなあ。出ていくのは、あなた方医療班の方だよ? 特殊任務と名称変更された時点で、我々研究院が意思決定機関になるのですから。もうあなたの仕事はここにはないんです」
 医長も首を振って断った。
「いいや違う。救命はいかなる状況であれ、最優先されるべきだ」
 その言葉を聞いて、研究員はハハハハハハと笑った後に、口調を変えた。
「そりゃ通常任務までの話だよ。もう君達が出る幕じゃないんだ。あーあ、ただの医者はこれだから困るし、だけど、ある意味、面白いかな」
「何を馬鹿な、」
 気色ばむ医長を、研究員は鼻で笑った。
「フン。まあいいや。私は手を出さないからね。実行するのは、術者達だ」
 少し背後を振り返ると、うつむいて暗澹たる表情を崩さない女性の術者に、「ほれ、やっていいよ」と軽く声をかけた。
「そうだな、ここにいる試料全個体を前処理室へ転移させてくれ。要る要らないは、研究院に帰ってから判断すればいい。その方が簡単だ」
「……わかりました」
 今日この夜のように暗い女術者の声に、医長は声をあらげて阻止しようとした。
「やめろ! 助かる見込みのある人間に何をする気だ!?」
 駆け寄る医長と、少しだけ顔をあげた術者は、しかしそれでも目線すら合うことはなかった。
 速やかに術者と天幕内にいた全ての「患者」は消失した。
 医長は呆然として、女がいた場所を見つめ、そして周囲を見た。
 その背後で、研究員が鼻歌を歌いながら天幕を出て行く。
「他にもいい試料ないかなあー」
 医長は、今までに感じたことのない無力感を覚えた。
 臨床例を増やすことで、治療の道筋が確立されていく。しかし、それに携わる者の態度は、人の尊厳を重んじ、謙虚でなければならない。……彼らは医療関係者ではない。それはわかっている。だが、彼らも自分と同じ人間だ。易々と人の尊厳を踏みにじっていく、それを可とする機関がこの国に存在してよいのか?
「現に存在しているでしょう?」
「!?」
 隣に、件の女性術者が立っていた。ヒトではないような気配で。
 暗い目が医師をじつと見つめた。
 そして、かすかに笑ったように口を歪めると、再び消えた。

「ここのも試料扱いでいいってことにしません?」
 領主の館に入り込んだ研究員は、中将を見つけるとそう切り出した。
 中将はきっぱりと首を振って断った。
「駄目だ」
「いやー、ぱっと見て元気そうかもしれないけど、だからって差別とかよくないですよ。全部試料扱いにして、調べて結果を出してから決めた方がいいと思いません?」
「駄目だ」
「村ごと試料として保管した方が今後のためにいいと思うんだけどなー。こんな機会滅多にないですよ?」
 そこに別の研究員がやってくる。
「おい、何やってんだ。駄目だよ。経時的変化を観ないといけないんだから。元気なのはそのまま放置で観察って取り決めじゃないか。勝手にうち管轄の試料に手を出すなよ?」
「そんなの、組織とって標本にしておいた方が面倒なくていいだろー? なんで生かしたまんまなんだよ」
「ふざけんな。何でもかんでも標本にしようとか思いやがって。疫学調査の邪魔するんじゃねよ。上の者出すぞコラ?」
「チッ、わかったよ」
 どちらも白い防護服を着ているため全く個性がないが、そのような険悪なやりとりをすると、お互いに顔を背けて去っていった。
 その後すぐにまた別の研究員がやってくる。
「騒々しいのが帰りましたね。全く。まるでエサの奪い合いをする動物みたいじゃないですか。浅ましいなあ。その点うちは細胞を少しいただけばそれで済みますからね、争いとは無縁です」
 中将は、少しだけ笑ってたずねる。
「今晩は大漁ですか?」
「たしかにそうですけど? ……ひどいな。彼らと一緒にしないでくださいよ。罵りあわなくても、最小限髪の毛一本で試料の確保はできますからね。さてと、その『領主一族』さんとやらは、今お話ができる状態じゃなさそうですね?」
「さきほど事件の説明をしたばかりだから、彼らは衝撃を受けているところだよ」
「じゃあ明日の昼にでも、『健康診断』とでも証していただこうかな。ところで、もっと面白い試料はいないですか?」
「私には判別がつきかねる」
「……いやいや。知っておりますよ。ガイガー管理官から情報提供がございました」
 研究院は密やかな声になり、情報処理課の管理職名を出した。
 中将は表情を変えずに確認した。
「なんのことでしょう?」
「希少な者を見つけた、とか」
 大丈夫ですよ、と、白い研究員は言い加えた。
「私たちの研究領域は個体の命を奪ったりしませんし、死ぬまでつけまわしたりもしません」
 さらに小さな声で、「細胞を、少しいただくだけです。体の一部をごく少量で結構です。あとは培養して増やしますから」と言う。
「……」
 中将は無言で防護服の男を見た。男は、くすりと笑った。
「これでも、私どもは管理官から信頼されてますよ?」
 幼馴染にして悪友の彼の顔を頭に描くと、ゼルク・ベルガーは複雑な顔になった。平素は信頼できない男だが、こういう場では違う。
「信頼ね、」
「ええ。では、取引成立ということで。後日、首都で、あの子の細胞を私どもに少しだけください。その代わりに、私どもの術者をお貸しします。それから『隠れ家』も」




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