万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 少女大量誘拐事件から2日経った午前十時十二分。公安庁舎懲罰執行部では、本の整理が行われていた。
 執務机の横で、小さな男の子が息切れしながら、辞書のような図鑑のような厚さの本を二冊抱えてよろめいていた。
「うぁぁ、重い。超重。重すぎ。もう駄目、ハアハア」
 そこに、本棚と机周辺との間を数往復している部下がきた。
「ほとんど歩いてないじゃないですか、部長」
 床に積み上げられて本の山をさっと抱え上げる。その数十二冊。
「根を上げる状況じゃないですよ。まだ沢山あるんですから」
 若者の指摘に、幼い部長は眉をしかめて口をゆがめた。
「コラ。図体のデカイ部下が、カワイイかよわい上司にきいていい口じゃねえぞ、ウヅキ」
「小さいのが嫌なら、機動部長でもなられたらいかがです?」
 ウヅキは返事をしながら、さっさと本を運んでいく。
「うっせ」
 子供部長は本を乱暴に放り投げた。そして、床に腰を下ろして脚をぱたぱたさせた。飽きた子供のしぐさだ。
「そんなのになったら、俺、お前よりガタイでかくなるし。そしたら、沢山運ばなきゃならないじゃないか。その点、小さいとお前に頼れて便利便利。チビっていいよなあ。頼れるおにーィちゃんが居て部長シアワセだよなあ」
「……」
 顔をしかめて、部下が戻ってきた。
「投げ散らかさないでください。一体なんだと思ってるんです? 丁寧に扱わないと、傷がつきます」
 その本の表紙と背表紙には「カンヌキバカ」と殴り書かれていた。
 ウヅキは顔をしかめる。本当に、うちの上司ときたら「投げやりでいいかげんな題名」しか付けない。
「ほら、部長が投げたから背表紙が痛んだじゃないですか」
 命名者は反省も弁解もしなかった。
「どうでもいいぜ。こんなの『部屋を占拠する邪魔な紙クズ』に過ぎねえよ」
「……」
 ウヅキの表情が、雨が常であるこの街の空よりも曇った。
「なんてことを」
「ふん」
 セイシェルは鼻で笑って返す。
「上司を非難すんな。邪魔なもんは邪魔だ」
「それなら、なおさらその辺に放りっぱなしなんていけないです。ちゃんと片付けないと」
「ほんとに本好きだなお前」
 呆れる幼児に、青年は丁寧に言う。
「……正確には、本ではないです。人の魂ですよ」
「上司を諭すんじゃねえよウヅキ」


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system