「おはようウヅキ君。昨夜はゴメンネ」
出勤すると、機動部長が受付の所で腕組みをして待ち構えていて、先に挨拶してきた。
ウヅキは硬い表情できっぱりと返した。
「おはようございます機動部長。今後あのようなことは一切しないでくださいね。約束してください」
「約束する約束する」
「必ず守ってくださいね」
若者の念押しに、鬼のような外見の部長は神妙な顔をして二度もうなずいた。
「必ず守る必ず守る」
じっと相手の目を見た後に、少し会釈をして、懲罰執行部の青年は階段を上っていった。
ウヅキの姿が完全に見えなくなった後に、相変わらず受付に立ったままの機動部長のところにアリムラが来て「部長が嘘つくときは二度言うクセを、知らんのッスか、ウヅキちゃんは」とせせら笑った。
懲罰執行部長が居ないのはわかっている。
ウヅキは少し勢いよく自部の扉を開けた。
壁に設えられた本棚に整然と書物が並んでいるのを見て、少し落ち着く。
自席に座り、荷物を机の下に入れて、ふう、と、息を吐いた。
こんな気持ちで本に触れるのは失礼な気がしたので、指を組んでみた。
これからどうしたものだろうか。
昨夜の様子からすると、今夜も添い寝をしてやらねばならないだろう。
少しうつむくと、伸びた前髪が視界に掛かった。手で後ろにかきやる。整髪料の付け方が足りなかったか、と思ったが、付け忘れていたことに気づいた。
卯月が子供なら、こちらもやりやすいのだが。
……昨夜、添い寝してわかったが、 部長の指摘したとおり、卯月はたしかに以前より肉が付いている。女性としての曲線が細いなりに、いや、その点についてこれ以上考えるのはやめておこう。馬鹿げている。何を考えているのだ。
まあ二三日すれば、なんとか落ち着いてくれるだろう。
「おはよ……」
くぐもったつぶやきと共に、扉がのたのた開いた。
懲罰執行部長が、ふらふら入室してきた。顔色が思わしくなく、目にクマができている。
「おはようございます部長。……どうしたんですか?」
上司があまりに消耗しているので、思わず聞いてしまった。
幼児のセイシェルは恨めしそうに部下を見た。
「どうしたもこうしたもよう。ウヅキィ、俺様って、チビッ子だろ? 睡眠時間は10時間必要なんだよ。なのにさあ、最近睡眠時間が3時間とかなの。わかるこれ? 俺が可哀想なのわかるよな?」
うぉお頭が痛い、と、うなって、額を小さな手で押さえて、セイシェルは自席にへばりつくようにして座った。
「眠いよう。眠いんだよう……」
そして机につっぷした。
「ウヅキィ、子守唄うたってくれよ、俺寝るから」
脱力しそうな頼みを、ウヅキは左耳から右耳へと通過させた。
「出勤した以上仕事してください」
「管理職みたいなこと言うな。このうんこウヅキ」
「じゃあ言わせるようなことをしないでください」
すっと席を立って書棚に向かい、一冊手にとって戻ってくる。
机に頭を付けていた上司が、のろのろと顔を上げた。
「お前も、やつれてねえか?」
指摘された部下は不機嫌に目を細めて見返した。
「誰の所為だと思ってるんですか?」
「俺じゃねえな少なくとも」
「貴方でしょう間違いなく」
「俺は被害者だ。だからこんなに可哀想に睡眠不足に陥ってるのだ。ウヅキ、『可哀想ですね部長。飴でもいかがですか?』と言え」
部下は無言で、上司の頭を文書の束で叩いた。ばし、と、それなりに強い衝撃音が響いた。
「止めろよ。偏頭痛が酷くなるから叩くな」
「生きてないのに痛みなんてあるわけないでしょう?」
「ひっでぇコイツ、ウンコウヅキ、……ぐー」
悪態をつく途中で、上司は見事に寝入った。
居眠りされた方が静かでいいと気づき、ウヅキは上司にこれ以上構わないことにした。
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