万の物語/二万ヒット目/北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

北の空二万の星〜白い星の隠し巫女〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 暖かな陽光に満ち満ちた、緑うるおう草原に、青年が立っていた。紅色の波打つ長い髪。紅の瞳が、機嫌よく細められている。
「不思議の世界のユキハちゃん。今日はどうしているだろな?」
 南の賢者ノウリジは、今日も、南の空高くで照っている太陽に、珠をかざしていた。両手で包んだ虹色の珠を。
 それが、毎日、午前と午後の日課だった。
 彼が手にしているのは、「虹のしずく」という名の、珍しい珠。
 普通の珠は、せいぜい遠方の景色を映すのが精一杯だが。これは異世界、遠くの星までも映してみせる。
「いたいた!」
 青年ノウリジは、青空を透かした珠の中に、希望の映像を見ることができて、「えへへへ」と、ふやけた笑いを浮かべた。あきれるほど幸せそうだった。
「今日も、かわいいな!」
 虹の珠の中は雪景色。
 この星は、白に覆われていた。
 どこを見ても、雪景色。
 真白の雪が、熊笹の深緑にかぶる。重い灰色の雪雲。冬の黒い木立の中に、小雪が静かに静かに降る。
 その中に、黒い長髪の少女がいた。
 年のころは十五、六。黒目がちの瞳。雪を凝り固めたような肌。薄紫色の前合わせの服。可憐な少女だった。
「紫かあ。それよかきっと、紅い服の方が似合うだろうな。でも、いいか、可愛いし」
 ノウリジは、ご満悦だった。
 しかし。

『雪葉っ! 来るぞ! 新穀衛兵(しんかくえいへい)だ! やはり星降りの神社が目的だったんだ!』

 珠の中から響いてきた少年の声。 
 ノウリジは、一気に気分が悪くなった。
「げえっ!」
 茶に油を入れられたように、顔をしかめて舌をべっと出す。
「なんだよー。まーた、くっついてるのかよ。お前なんか見たくないっての! 名前は……ユウジン、だったっけ?」
 うはあ、と、重苦しいため息をついた。
「邪魔だよ邪魔。ユキハちゃんの周りに男なんかいらねえよ。しっしっしっ」

 雪葉は神社の前に立っていた。黒い瞳の前に、紫の鳥居。それを、焦がれるように見つめていた。
『主上……』
 しかし、ふと気づいた様子で、少女は首を傾げた。
『星が落ちていく。どうして……? そんな、まだ、私は』
『雪葉っ!』
 背後から飛んできた少年の呼び声を聞くと、雪葉は口をつぐみ、鳥居から目をそらした。
『来るぞ! 新穀衛兵だ! やはり星降りの神社が目的だったんだ! あいつら、この儚い世界を壊そうとしているんだ!』
 雪葉は、駆けてくる祐人の方を、さっと振り向いた。黒髪が寒風を切るように、素早く揺れた。
『祐人……。なぜ? どうして、新殻衛兵が動いたの?』
 怪訝な顔で、雪葉は幼馴染にたずねた。
『さっき、この阿子木山(あこぎやま)に登る前に、あなたは、英界の法を敷いたのでしょう? それなら、彼らが来るはずがないわ』
『いいや!』
 祐人は、短い髪が乱れるほど、勢いよく首を振った。
 宵闇の中、少年の着ている漆黒の衣は、これから訪れる夜のようだった。
『敷いてない! 効くわけないよ、あんなの! 相手は、溜の属性である苦界の者だ。英界の法なんて、単なる言葉じゃないか! 敵を攻撃したりはしない、あれはただのお説教だ!』
 少年は息を吸い込んで、言った。
『世は全てこともなし、全ては個の中のこと……なんて。つまり、世の中で起こってることなんて大した事無い、それを受け取る自分次第だ、ってことだろ? 』
『そうよ。そうだけれど』
 雪葉は、下唇を噛み、眉を寄せた。
『でも。祐人。どうして使わなかったの。……そんなことなかったのに』
『いや。絶対、効くはずがないよ! だって』
『いいわ』
 祐人が弁明しようとするのをさえぎって、黒髪の少女は言った。
『じゃ、仕方がない。累機衆(るいきしゅう)を呼んで。助けてもらうのよ』
 いやだ、と、祐人がきっぱり断った。
『駄目だよ雪葉。こんなことは恥だ。知られたくないよ!』
 雪葉は静かに首を振る。
『いいえ。これは恥とは違う。私たちは、ただ未熟なだけ』
 少年の尊厳を尊重してくれない少女に、祐人はいらいらする。
『だから! それは恥だって言っているだろう? 未熟だなんて、恥ずかしいよ! 子供っぽくてみっともない!』
『違う。この神社を護ることこそが一番の目的でしょう? だったら恥なんてそんなこと、言ってる場合じゃない』
 なおも言い募る雪葉を振り切るように、祐人は声を張り上げた。
『いやだっ! 恥なんて、恥なんてかけないよ!』
 頬を紅潮させ、少年は叫ぶ。
『僕は長の息子なんだから!』


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