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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 彼女たちが祈らないことを知っていた。
 それゆえに、彼の小鳥が降りてくる。

「ぐーずぐーず! グーズのマサヤー! あははは!」
 女の子は、植物園の池に落っこちて、蒼い睡蓮の花を頭にかぶって泣いている弟をはやしたてる。
「ああーん! 姉さん! まってぇ! まってよぉ! ぼく、ぼく、一人じゃ、お池から上がれないんだよぉ! うわーん!」
「あはははは! グーズグズ!」
 女の子は、げらげら笑いながら、植物園の出入り口のところで、おどけた様子で振り返る。
「ヘヘーン。あんたみたいなグズ知らなーい! お父さんに似てるくせにっ! ぜんぜん、お父さんみたいじゃないんだものー! お父さんはカッコよくやせてるのに、あんたはデーブ! デーブ!」
「姉さぁーん! 助けてよぉ! ボク、一生お池から出られないよーうっ!」
 姉は、思いっきり「あかんべえ」をした。
「じゃあカエルになってそこで暮らしな! グーズのマサヤー!」
「わーん! わーん!」
 ばったんと扉が締められた。

 上機嫌で家に戻った女の子は、母親から大目玉をくらい、弟をたすけにいった。
 再び植物園の扉が開く。出て行った時よりもかなり乱暴に。
 負けん気の強い性格らしく、くやしなみだが両目ににじんでいた。
「くっそう! あのクソババーッ! あたしはなんにも悪くないんだぞ! マサヤがグズで、池から突き落としても自分で上がれないようなグズだからいけないんだッ!」
 むちゃくちゃなことを叫びながら、女の子は池のほとりに立った。
「グズマサヤーッ!」
 いまだに、睡蓮の花を頭にのせたままで、しくしく泣いていた弟は、はっとして顔を上げた。
「ね、ねえさん!?」
「グズマサヤーッ!」
 姉は、鬼のような形相で、池にざんぶと入ると、ものすごい勢いで生臭い緑の水しぶきを上げながら、弟に近寄ってきた。
 弟は、頼もしい姉が助けに来てくれたと思い、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「ねえさーん! ねえさん来てくれたんだね!?」
 ガツ!
 姉は、非情にも、弟にげんこつをお見舞いした。
「あんたのせいでーッ! あたしが母さんからゲンコツもらったじゃないのよ!? これはお返しよ!」
「わーん! 痛いよねえさーん!」
「おだまりっ! あんたが泣いてるのがバレたら! また、私がかあさんにしかられる! だまれッ!」
 自己中心の結晶のような台詞をはきながら、サヨはマサヤの手を引いて、池のふちへとザブザブ歩いていった。
「こんな池ッ、どーして一人で出られないのヨッ!?」
「わーんわーんわーん、こ、こわいんだよう! お水がにごってて何がいるかわかんないから、こわいんだよう! 生臭くってこわいんだよーう!」
「あんた普段はグズなくせに、なんで泣いて言い訳するときだけは、そうスラスラスラスラ言葉が出てくんのよ!? グズ! バカッ!」
 いらついた姉は、弟に二つ目のげんこつをお見舞いした。
「わ、わァァーん!」

 姉が最初に池から上がる。弟の手をにぎって、ぐいぐい容赦なく引っ張りあげる。
「痛い、いたいようお姉ちゃーん! お池の石がひざっこぞうに当たって痛いよーう!」
「うるさいグズ! あたしに引っ張られるだけじゃなくってなあ! てめえの足使って這い上がれ!」
「あーん! あーん! だってボク、こわくて足がすくんじゃって、動かないんだよーう!」
 チャッ、と、姉は盛大に舌打ちをした。
「このグズッ!」
 三度目のげんこつが、お見舞いされた。
「あんたなんか、かっこいいお父さんとは全然似てないッ! グズ! ノロマッ!」
「わあーん!」

 二人は池から上がった。
 いまだに睡蓮を頭に乗せてとぼとぼ歩いている弟に、姉は言った。
「あんたねー! 母さんからげんこつもらってまで、あたしがこうやって池の中に入って助けてやったんだから!」
「……うん?」
 姉は、弟の支配者のように尊大に、言い放った。
「ご恩はきちんとお返ししなさいよねッ! あんたのおやつはアタシのもの! それから、それから……えーっと、ううっ、思い浮かばないッ! とにかく、なんか必ずお返ししなさい!」
 しおしおと、弟はうなずいた。
「うん」
「うん、じゃないっ! 『はいわかりました!』」
「はいわかりました……。うええええん」


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