女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



115 マジックキングダム

 私は高校を卒業して大学に進んだ。
 カイへのメールは送ったけれど、何の反応も無いままだった。
 向こうとこちらでは「時差」のようなものがあるのかな、と、考えたり、やっぱり偶然で真実ではないのかも、と考えているうちに、時間が過ぎた。それだけにかまけている場合ではないのだ。私には、私の人生がある。
 記憶は、だんだんと日常にまぎれていった。もちろん、ユエが現れることは全く無かった。
 綾子は私と同じ高校に入った。彼女は以前のように物語にのめりこみ過ぎなくなった。そして、どうやら、好きな人ができたらしい。日々の興味の中心は現実の人間になり、だから、彼女がマジックキングダムの話をすることも、無くなっていった。

 西暦2009年7月22日。
 今日は、日本で、皆既日食が観測できる日だった。一ヶ月も前から、テレビではちょくちょく皆既日食特集が取り上げられていた。話によると、皆既日食になると、真昼なのに真夜中のような暗闇になるという。日本では南の島でそれが観測できるらしく、島へのツアーが組まれていたりした。皆既状態にならない地域でも、夕方のように薄暗くなるという。
 以前に外国であった皆既日食の映像が出て、明理沙は少しどきどきした。金糸の君が使っていた大きな魔法に、少し、似ていた。現実には、かなわないけど。
 そんな日に、高校に行く前の綾子が、私に、マジックキングダムの夢を見たと言ってきた。
 中学生のときは日常茶飯事だったが、少なくとも高校に入ってからは、彼女の話題は、自分の身の回りのことや、将来の夢のことになっていたのに。
「お姉ちゃん。私ね、夢を見たの。マジックキングダムの。今日が皆既日食だから、光と闇つながりなのかな? 私の脳みそってかなり単純?」
 珍しいこともあるものだと思い、私は彼女の話に相槌を打った。
「へえ、そう。前は毎日話してたのに。今も、そんなことがあるの?」
「うん。自分でも驚いた」
 綾子は照れ笑いを浮かべながらうなずいて、「でも、」と顔をくもらせた。
「でも、なんか、昔見てた夢と違って、……すごい『普通』なの」
「普通? どういうこと?」
 小説の登場人物が夢に出ること自体を経験していないので、明理沙には何が「普通」なのかわからない。
 本好きだった妹は「うーん、お姉ちゃんにどう説明すればいいんだろ」と、首を傾げ傾げ答えた。
「キャラっぽくないっていうのかな。カイなんて、小説と全然違う、気弱でグズグズした男の子なんだよ」
「ああ。わかった。小説とは違う性格なんだ」
「そうそうそう。今だから受け流せるけど、夢中だった頃にあんなの見たら、」
 はあっ、と、ため息が入り、妹は言葉を続ける。
「幻滅だわ。そんな夢見た自分が嫌になるかも。『私って、まだまだハマリ方が足りないのね』って」
 それを聞いて、逆に、明理沙は、話の続きが聞きたくなった。
「へえ、そんなものなのね。それで、どんな夢だったの?」
 綾子は、よく聞いてくれたと言わんばかりに、後ろ向きだった表情を一変させた。
「そこなのよ! つまんない夢だったから、いつもなら、お姉ちゃんに話すこともないんだけどね!」
 妹は、たんねんに櫛で髪をときながら、器用に話を続けた。最近、かなり外見に気を使うようになっている。鏡を見る時間も、ものすごく増えた。以前は読書にのめりこんでいた時間が、身だしなみに回されている。性格が軽やかになった。先日、からかうように「あれ? 本、嫌いになったの?」と聞いたら、「ううん、好きだけど。でも、もう、あんなふうに、気持ちや体が重ったるーくなるような本の読み方はしないの。だって学校とか友達とか彼とかいるんだよ? そんなことしてらんない」と言ってのけた。
「でもさ。実際のキャラとはかけ離れた『カイ』から、お姉ちゃんへの伝言を頼まれちゃってさあ」
「伝言? 夢で?」
「そうなんだよ。なんでおねえちゃんへの伝言なのかなー? まあ夢だから、なんでもありなんだろうね。無視しようかなと思ったんだけど。あんまりしつこく頼むから。湿っぽくて。言わないでいるとうなされそうで嫌だし」
「どんな伝言?」
「それがさあ!」
 綾子は声を上げた。
「もう、まったく要を得なくて! 『あー』とか『うー』とか『あのー』とか、どうでもいい言葉ばっかりずーっとずーっと繰り返して、文庫本だったらそれで3ページくらいつぶせそうなくらい『あー、うー』って言いまくりなの。最後に、ぼそぼそっと『手紙読んだよ。ありがとう、僕頑張るからね』だって。たったこれだけ言うのに、すっごい時間かかるの。私ってば、夢なのにイライラしてきてさあ。こんなのじゃ、物語として成立しない! これが本になっても売れない! 少なくともライトノベルとしては許せない! とか思った」
「手紙」
 エドガーブラウンさんに送ったメールのことだ。
 届いていたんだ。きっと。これは、届いてたんだ。
 私は、思わず、笑ってしまった。
 たったそれだけ言うのに、そんなに時間を掛けてくれたんだ。
「……カイらしいよ」
「え? なに?」
「ううん、」
 そこで話を終わらせようと思ったのだけど、言葉にしたくなった。
「私が夢で見た『カイ』も、そんな人だったよ?」
「もー、お姉ちゃんったら」
 綾子は頬をぶうと膨らませた。
「それは『マジックキングダムにハマってたころの私が迷惑掛けた時にみた夢』のことでしょー? 今頃蒸し返すつもり? ごめんってば! もうあんなことしません。CDは売り払いました!」
「ううん。思い出したから言っただけだよ。私は、綾子に迷惑掛けられてないよ」
「あー、迷惑掛けたのは、母さんと父さんにだった。あとご近所の皆さん」
 手入れの行き届いた、つややかな髪を揺らしながら、綾子が学校かばんを持って立ち上がった。
「じゃ、私、学校行くね。夏期講習頑張ります! 今日は曇ってるけど、運がよければ皆既日食も見られる、かも!」
「うん。行ってらっしゃい」

「綾子はもう行ったの?」
 庭の手入れを終えた母親が、台所に帰ってきた。流し台に、採ってきた香草類を置く。母は、近所の人から、『ガーデニング』とかいう、いわゆる庭をきれいにして手入れすることを教わり、そこに楽しみを見出して、日々を庭の美化に費やしている。
「うん。たった今だよ」
「すっかり手が要らなくなっちゃって。前は朝起こしたりご飯食べさせたり大変だったのに」
 拍子抜けしながら台所の流しに立つ母に、明理沙は苦笑した。
「よかったじゃないの。困ってたんでしょ? お陰でガーデニングの時間ができた」
「それはそうだけど」
 しみじみとうなずいて、母は「でもね、」と言い加える。
「どっか寂しいのよねえ。馬鹿な子ほど可愛いともいうし。複雑だわ。なんかきれいになっちゃったし。あーあ。親離れしちゃったのかしらね」
「はいはい。でも、そのうちまた元に戻るかもしれないよ?」
 明理沙の言葉に、母は即座に首を振る。
「やっぱり困るわ。そこ行くと、明理沙なんか、ぜんぜん手が掛からない子で、ずーっと母さん大助かりだったけど、」
 母は首を傾げた。
「生まれた時からそうだから寂しくないわね。……やっぱり慣れなのかしら?」
「そうかもね」
 私は笑って、あと少し残っていた紅茶を飲み干した。
「じゃ、私も行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。未来の『カウンセラー』さん」
「うん。まあ、ぼちぼち頑張るね」
 長女を見送った母は、肩をすくめた。
「カウンセラーかあ。わかんないわねえ。どうして、他人の悩みや愚痴なんか聞きたいのかしらねーえ? あの子、ほんと、誰の子なのかしら?」
 玄関の際で、明理沙は苦笑いした。
「聞こえてるってば。母さんったら……ほんとに綾子そっくり。じゃあ、私は、きっと父さんの子なのね。それでいいや」
 雨傘を持って、家を出る。
 何処にいても、誰といても、その人はその人の生き方をする。変わるものは変わるし、変わらないものは変わらない。
 それぞれの日常だ。
 またいつか、マジックキングダムに呼ばれる時がくるかな?
 そのときは、前よりも、みんなの、特に、カイの話が聞けるようになってるかもしれない。
 外を歩く。学校へ。
 空を見上げる。梅雨の終りのまだらもようの曇り空が、いつどこに重たい雨を落とそうかと考えている。
 日食、雲の隙間からでも見られるといいな。
 そういえば、マジックキングダムに呼ばれた季節は真夏だった。
 向こうには四季なんてなさそうだ。日食とか、あるのかな?
 ポツリ、と、頭の上に冷たいものが落ちてきた。
 雨だ。
 傘をさす前に、空を見上げた。
 自分の真上には、これから思い切り降らすぞといわんばかりの濃い雲。少し前方を見ると、東の空は太陽を透かす明るい雲だった。
 ほんの少しだけ、雲に隙間が出来て、キラリと朝日が銀の光を届けた。
 思わず目を閉じた。
「あら? 相模さんじゃない?」
「え?」
 目を開けると、明理沙より6、7歳ほど年上の女性が、さっぱりと笑っていた。
「先生……?」
「おはよう。久しぶり、相模さん。これから大学なの?」
 中学三年の時の担任だった。旅行カバンを持っていた。
「はい。おはようございます。お久しぶりです先生」
 当時と印象が変わっている。髪の色が明るくなって、それから。
「……先生は、ご旅行ですか?」
「ううん。ちょっと違うのよ」
 にこっと微笑むと、「故郷に帰るの」と言った。
「え? そこで暮らすんですか?」
「そうよ。だから、」
 明理沙は、彼女が着ている白いシャツの、首に輝く光に気がついた。
 銀の首飾りだ。
 ……同じ物を、見たことがある。
 それは、
「だから、お別れね。さようなら、相模さん」
 さっぱりとした声に、明理沙は記憶をたどることを止めた。
「あ、……さよなら、先生」
 驚く心を救い上げるように、握手された。
 似ている、と思っていたのだった。
 夢だから、現実に近い人を登場させるんだろうと思って、それで、済ませていたのだけど。
 先生は「また会えるといいわね」と言って、去っていく。
 たしかめ、なきゃ。
 単なる夢ではなかったのだと。
 明理沙は、遠ざかる背中に声を掛けた。
「シルディさん?」
 担任は振り返り、微笑んで、大きく手を振った。
「さよなら、明理沙」
 首にかかった銀の星が、きらめいた。

「やあリキシア。いらっしゃい」
「こんばんはエドガー」
 光の貴婦人は、宵闇の中に現れた。
 初老の作家は微笑んで、両手を前にかざす。そこに妖精が腰を降ろし、闇と光が混ざりあった。
「丁度いい具合に、本日は西暦2009年7月22日だ。日本では皆既日食のようだよ」
「そう。丁度いい具合ね。日本で、真昼の真夜中が、見られるという訳ね」
 何て素敵なのかしら、と、光の妖精は微笑んだ。
「さて、リキシア。今日は、どんな話を聞かせてくれるんだい?」
「そうね、どんな話をしようかしら」
 ふたりは笑いあった。
「私の世界の光は、光輝の妖精である君が選んで贈るもの。みんなが知ったら、どんなに驚くだろうね」
「私の世界の闇は、暗闇の妖精であるあなたが選んで贈るもの。みんなが知ったら、どんなに驚くでしょう」
 妖精たちは、笑う。
「『それは、異世界の物語』」


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