少年は、自分の部屋に戻って、紙束を見てみた。
花柄のもの、繊細な細工がされたもの、いい匂いのするもの、真っ黒な紙に金の字、色々と趣向がこらされた手紙の群れだった。
拝啓。親愛なるカイ。
私はあなたのことを覚えているわ。あなたは良く頑張ったわよね。私のこと、覚えてるでしょ? 私も、当然覚えているわ。沈思の森での冒険、辛かったけれど楽しい思い出よ。
私、元気にしてるわ。
あなたも私も、世界は違うけど、お互い頑張ろうね。
カイへ。
……ずっと心配してたの。
でも、カイなら大丈夫だって、信じてた。
私、異世界から、ずっと祈ってるから。
お互い、頑張って生きようね。
カイ! 私だよ! アリサだよッ!
〜中略〜
またいつか遊ぼうね!
その時は私の、こっちの世界での友達も紹介するから! みんな、私と同じだから、カイも楽しめると思うんだ! じゃあねー!
カイ。
久しぶり。
私、あなたが立派になるって、わかってたの。
だから、コチラの世界に帰るの、全然不安じゃなかった。
そう。
私はあなたの運命だもの。
わかるでしょう?
私とあなたは、運命でつながっているのだもの。
私、あなたにだけわかる、詩を書くわね。
〜中略〜
私のこと、思い出して。
私も、ずっと、カイのこと、想ってる、祈ってる。
やあ。カイ。元気にしてる? 今、幸せ?
私の名前が本に載ってて、びっくりしたんだよ。
カイ、覚えてるんだね。私、アリサのコト。
またいつか遊びたいね。二人の冒険、楽しかった。
実は、私、今でも、夢の中でよくマジックキングダムに行ってるんだ。あなたに会ったコトもあるよ。
カイ、私に気付いてね。いつかまた会えるよね。会いに行くね。絶対。絶対!
それらは、全てが、カイ宛ての手紙だった。
しかも、その全てが「アリサ」からだった。
沢山のアリサ達からの手紙。
「……なんだよこれ……」
少年は青ざめた。
「ティカのいたずらか? でも、リキシアが預かってきたっていうしなあ……。リキシアが、なんだってこんな変なことをするんだ?」
気味が悪い。
どれもこれも自分はアリサだと名乗る。
宛名は自分だが、どう読んでも『カイ本人』へのものではない。いやに知った風でいて、なのに全く的外れな内容だった。というより、同名の別人宛てといった方がよかった。
「どうしたらいいんだ。怖いよ、こんなの……」
カイは途方にくれた。
「リ、リキシアぁ。リキシア、来てくれよ」
呼ぶが、妖精は来ない。
かと言って、このまま、「得体の知れない自分宛ての手紙」を放置するのも、なんだか、薄情な気がした。
怖いけれども。
「……」
カイは、おそるおそる、紙束に手を伸ばした。
一枚一枚、目を通していった。
どのアリサも、自分の知ってる「明理沙」とは違った。
同じ名前の、見ず知らずの他人達。
なんだろう、この手紙は。
こんな沢山の人達から手紙をもらったことなんかない。
こんなに多くの他人から手紙をもらう「カイ」って、誰なんだろうか?
手紙を読んでいく。
自分ではない「カイ」宛ての。
そうしていくうちに、「アリサ達」が慕う「カイ」のひととなりが、うかがえた。
繊細そうだけれど芯があって、頼りなさげだが立派なことをした、架空の若者。
「これは僕宛じゃない。ひどい誤送だなあ。うん。リキシアに返そう」
手紙をめくっていくうちに、その気持ちが強く強くなっていく。
やがて、最後の最後に、そっけない白い紙の左肩を細い金属で留めたものになった。
「あ、これ。なんか、さっぱりしてていいなあ」
ちょっと、ホッとした。
最後の手紙なんだし、目を通そうという気になった。
たとえ他人宛でも。
カイへ
元気にしていますか?
あなたたちの世界のことを元にした物語が、私の世界で本になっているの。私が見てきたマジックキングダムとは少し違うけれど。もしかしたら、そこにカイが居るんじゃないかと思ったから、作者のブラウンさんにお願いして、お手紙を届けてもらうことにしました。
私は、いきなり自分の世界に帰っていました。ごめんね。突然すぎて、あなたにお別れが言えなかった。
私は、ユエさんに城から連れ出された後、マジックキングダムをとりまく闇で話をしました。
そして色々あって、私はユエとシナーラによって、自分の世界に戻されました。いきなりだったので、どうしようもなかった。
何があったかは、シルディさんや金糸の君から聞いたと思う。
でも、私とユエだけが知っていることもあります。
ユエは、そして、シナーラも、「私のまぶたの闇」だったの。
私が言っていること、わかる? 自分でこれを書いていて、上手く伝わらるか心配ですが。(金糸の君に話したら、どういうことだかを教えてくれるかも)
ユエとシナーラから言われたことを、伝えるね。カイたちにとっては、ずっと昔からあった闇だけど、私にとっては、たった数日奪われた「まぶたの闇」だったんですって。あなたたちの世界の闇は、私たちの世界にいる誰かの「まぶたの闇」を奪って存在するんですって。
マジックキングダムって、ほんとに不思議な世界だね。カイと出会えてよかったよ。怖いこともあったけど、楽しかったよ。
帰る前に、カイに、ちゃんとしたお礼とお別れを言っていなかったのが、残念でした。
だから、こうして、手紙で伝えることにしました。
カイ、ありがとう。あなたは自分が思うよりもずっとしっかりしていると思うよ。私はあなたと一緒にいてそう思いました。だって、ずっと親切にしてくれたでしょう。本当は自分が大変なのに、私を案内してくれたでしょう。私はとても助けられました。嬉しかったよ。ほんとにありがとう。
カイの不安が、少しでも無くなればいいなと思っています。どんな時でも、私はカイを応援してるから。ずっと、応援してるからね。
きっと、もう、そちらに行くことはないと思うので、お別れのあいさつをしておくね。さよなら、カイ。でも、私は自分の世界で、カイのこと、考えるね。
お元気で。
明理沙より
「……明理沙、」
カイは、その一通だけを、握り締めた。
様々に趣向をこらした「アリサ達からの手紙」が、花が散るように床に落ちた。
「明理沙だ。明理沙、」
少年の瞳に光るものがにじんだ。
「よかった。……よかった。帰られたんだ。無事だったんだ。よかったぁ」
|