シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

10 時計室〜父との約束

 白いドレスには黒々とした金属油と、赤い血痕が飛び散っていた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
 シンデレラは、たくさんの歯車の下で、かかとを抑えてうずくまっていた。
 城の北東にある塔の最上階で、彼女は、毎日毎日行ってきたあることを、終えた。
 父が亡くなってから、一日たりとも欠かしたことのない、作業を。
 真白だったドレスは、土足で踏み汚された雪のように汚れていた。
 疲労と痛みで、体が震えていた。
 今日は素手でしなければならなかった。だから、手にも少なからず深い傷ができた。
 シンデレラは、震える身体を起こし、よろよろとドレスの裾をまくった。
「!」
 自分の足にもかかわらず、それを見て息を呑んだ。 
 ガラスの靴からは、深紅の血があふれ出ていた。中に透ける足は、血で見えなくなっていた。
「く……、」
 靴を脱ごうと試み、血塗られた手で、血まみれの靴のヒールの部分を持って向こうへ引く。が、冷たく固く敵愾心に溢れたガラスに足がこすれて、激痛がはしるばかりだった。まるで狩猟用の鰐口にかかったように、靴はシンデレラの足に食いつき離さない。
「あ、あ……」
 力の限り引っ張っても、靴は脱げず、シンデレラは足の皮全てを剥がされていくような痛みに、声を上げた。
 抜けない。
 わずかに空いた、靴と足のすきまから、鮮血がばたばたと落ちるだけだった。
「う」
 痛みのあまり、シンデレラは靴から手を離した。
 ふたたびうずくまり、痛みに耐えた。
 助けを求めるように、胸元にかけた、塔の鍵に手をやる。それには、金の鎖がつけられており、鳩の紋様が入った金の鍵が一つ、同じく目にサファイアがはめ込まれた鳩の紋様の金細工のペンダントヘッドが一つ、つがいになっていた。
「父様」
 祈りの形で両手の指を組み、手の中には鍵と鳩を包み込んだ。

 フロラ、城を守りなさい。そうすれば、いつか必ず。

 父の声が、脳裏に響く。無念そうな父の顔が。
 そして、同時に、子守歌が耳の奥で響いた。母が亡くなってから、父が床の中で唄って寝かしつけてくれた歌が。
『こどもが神に招かれて、夢の世界にむかうころ。大人は何をしてるだろう。起きているのはなぜだろう。留守をまもれといわれたの?それともいたずらした罰のため?どちらにしても、こどもたち。大人はここで待っている。安心して行っておいで。明日になったら教えておくれ。神様の国、夢の国。』
 シンデレラは、自分のために子守歌を唄った。彼女には、もう、父の残した言葉しかなかった。寝入りばなに唄ってもらった子守歌。母の思い出話。そして、父の言葉。

 フロラ、城を守りなさい。そうすれば、いつか必ず。



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