シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

50 歪んだ魔女2

「で、プリムラの何が歪んでいるというのだろうか? クリスティーナ」
 医師は、クリスティーナと目線を合わせないようにしながら尋ねた。
 もはや医師のことなどどうでも良くなっているクリスティーナは、フローレンスにしがみついているプリムラを見下ろしながら言った。
「何のことはないのです。未成熟な人格とでも申しましょうか。何とでも表現できるでしょうが、単に乳離れできていないのです。魔女なだけに、少し厄介なのですわ」
 そこでため息を入れた。
「てっきりフローレンスに対して良からぬことを考えてるんだと思ってたのに。とどのつまりは単なる子供だったわ」
 王子がぼそっとつぶやいた。
「では、今までお前がプリムラに辛く当たっても、子供を泣かせる苛めに過ぎなかったのだな、クリスティーナ。酷いことを」
 クリスティーナは横目で睨んだ。
「魔女を叱るのはあれくらいで丁度いいのです。人と違って羽目が外れたことをするのですよ。情け心で放っておくと大変なことになります」
「言い訳臭くないか?」
「言い訳などではありません。現に、フローレンスの足のケガは、この魔女の歪んだ愛情もどきのせいです。ではフローレンスに尋ねてみましょうか? フローレンス、」
 フローレンスは顔を上げた。
 クリスティーナは微笑んだ。
「プリムラは、継母ほどにはあなたを苛めなかったわね?」
 果たして頷きが返った。
「ええ。感情に任せての八つ当たりはしなかったわ」
「そう。彼女からは、別の嫌がらせを、受けたのではなくて?」
「……、」
 フローレンスは、少し考え込んでから、口を開いた。別の嫌がらせは、口には出せないが、あった。フローレンスが一人でいる時に、良く。たぶらかすようなことを言った。「二人で城をのっとらない?」だの、「いつ見ても、おきれいな子ね? そのうち汚してやるから」だの。
「ええ。でも、危害を加えられたのは、良く考えたら、この足が最初。昨日履かされたガラスの靴が最初だわ。いつも、プリムラは、継母の仕打ちを後ろから冷たい目で見ているだけだった。継母と一緒になって私に当たるのは、ローズという名前の妹の方。そうだ、プリムラは、継母と妹とは、仲が良くなかった」
 クリスティーナは苦笑した。
「そうでしょうね。魔女ですもの。母親にも妹にも、さんざん嫌みを言っていたのではなくて?」
 フローレンスはうなずいた。
「ええ。よく、怒った継母が食器や花瓶を投げ付けていたわ」
 王子がつぶやいた。
「クリスティーナにそっっくりだ」
 クリスティーナは、否定しなかった。
「そうですわよ、魔女ですもの。他人の言動の矛盾を引きずり出してやりたくなるのですわ。それが、私たちの悦び」
「ああいやだ」
 王子の言葉に、クリスティーナは片頬で笑った。
「だってそういうふうになっているのですもの。仕方ないわ。ところでフローレンス、プリムラがあなたの足を傷つけたのは、どうしてだかわかる?」
「違うわ。傷にしたのは。私」
 フローレンスの顔が曇った。
「プリムラは私を継母から買ったの。真珠の、……父様を殺した毒真珠の宝石箱と引き換えに。そして、私を着飾らせて、プリムラは自分の部屋に閉じ込めた。この足の傷は、私が動けないようにプリムラが履かせたガラスの靴のせい。私は、12時までに城のからくりの調整をしなくてはならなかったから、逃げたの。ガラスの靴には細工がしてあって、少しでも動いたら、足が傷つくの。これは、塔を上った時にできた傷。プリムラは、私を見つけて、抱き上げて部屋に連れ帰った。プリムラのせいではないの」
 魔女の性質を除いて、フローレンスはプリムラからは苛められてはいなかった。
「まあ、彼女は苛めてなかったようじゃないか」
 王子は、複雑な表情で、クリスティーナを見た。
 クリスティーナは呆れた顔で王子を見返した。
「陰湿な仕掛けのあるガラスの靴だけで、十二分だと思うのですけど? あなたも、おめでたいお人良しですのねえ? そんなお天気な頭をなさってると、騙されますわよ? 私に」
 これでもかと言い叩いてくる魔法使いに、王子はうんざり口をつぐんだ。
「……。悪かったな」
「いいえ。すくすく良い子に育っていただきまして、私は意外な思いですわ」
「本当にな。長年お前のそばにいたのに、なぜかお前に毒されなかったのが、自分でも不思議なくらいだ」
 王子の嫌みを、クリスティーナは聞き流した。
「まあそれはそれとして。プリムラは苛めはしなかったけれど、加虐趣味があったということは、事実ですのよ王子。そうでしょう? フローレンス」
 フローレンスは否定しなかった。
「ええ。そうです」
 ガラスの靴を履かせた時の嬉しそうな表情、フローレンスの悲鳴を聞いてうっとり笑った顔。恨みや憎しみとは別の根を持った、歪んだ悦びの表れだった。
 フローレンスは息をついた。
「でもクリスティーナさん。プリムラは、継母から酷い目に遇ってきているの」
「どんな?」
「それは、」
 フローレンスは、口ごもった。
 クリスティーナは微笑む。
「大丈夫よ。話してもらえないかしら? ここにはあなたの叔母さんの私、医者、そして王子だけ。誰も口外できないし、しないわ」
 フローレンスは、うなずいた。
「継母は、親子で男の人に囲われようとしていた。父様の財産を使い切ったので、今の生活が維持できなくなったのですって。自分と娘をどこかの男の人に売ったの」
 クリスティーナの左頬が、引きつった。
「囲われ者に……。なんて破滅的な手段なの。穏便にただ再婚するという手段は考えなかったのかしら?」
 フローレンスは首を振った。
「ええ。でも、今考えるとそれは無理に違いなかったわ。継母は父様を……殺してるし、プリムラは魔女。妹は妹で何か問題があったようだし」
「そうね。兄さんの、カールラシェル教授の未亡人、という肩書があの女にとって一番まともなのね。その肩書があれば、王宮の舞踏会にも呼んでもらえるのだから」
 フローレンスはうなずいた。
「そして、昨夜、その男の人が来たわ。彼は、プリムラが魔女だということを知ったらしいの。それで脅すようにして、プリムラを……。そのうち、継母がプリムラの部屋に来た。父様の死因を私に教えようとしたプリムラに、継母は斧で切りかかった。プリムラは私をかばった。けれど継母は、私ではなく、プリムラを狙っていた。プリムラは、『私と一緒に死んで欲しい』と言って、城の窓から断崖に落ちた。そして、クリスティーナさんに助けられたの」
「……」
 クリスティーナは口をつぐみ、一拍おいた後に、言葉を紡いだ。
「そう。母親からやられたのね」
 王子と医師は黙り込んでいた。
 フローレンスは、再び口を開いた。
「私の城のからくりは、一日でも調整しなければ、どこかが崩れる仕掛けになっているの。私は昨晩、そのことをプリムラに話した。私を部屋に閉じ込めて出さないと言ったから、城の秘密を話せば、解放してくれるのではないかと思って。でも、プリムラはとても喜んだわ。それなら私を部屋から出さない。一緒に死んで欲しいと。……。プリムラから、話をきいたわけではないから、推測なのだけど。多分、プリムラの方が、長いこと苦しい目にあってきている。そう思うの。私は、父との約束を守ることと、自分のことでいっぱいで、プリムラのことを気にしたことはなかったけれど。昨日、プリムラのことを少し知って、そう思ったの」
 フローレンスの話が終わった。
 王子は床を向いて黙りこくった。
 医師は、「そうか……」とつぶやいて、フローレンスにしがみつくプリムラの頭を見つめた。
 クリスティーナは眉をしかめた。
「今まで生きて来られただけでも、魔女としてはとても幸運な方だけれど」
 フローレンスもうなずいた。
「プリムラもそう言ってました。母は自分が魔女だということを世間に隠してきた。その点については感謝していると」
 クリスティーナは一層しかめ顔になった。
「で、フローレンスはどうしたいのかしら。どうにかしたいのでしょう?」
 フローレンスは少し息を吸って、言った。
「プリムラを助けてください」
 クリスティーナは、しかめたまま、動きを止めた。
 フローレンスは言い募る。
「魔女だとわかったら殺されるとプリムラは言いました。生かしてあげたいんです。隠れる家がないと生きていけないと言ってたんです」
 クリスティーナはさらに渋い顔になった。
「それはそうでしょうね。魔女なんて、いらないもの。魔法使いなら別だけれど」
「なんとかしてやれよクリスティーナ」
 王子が助け舟を出した。
「義理の姪なんだろう?」
 クリスティーナはそっぽを向いた。
「他人です」
「昨日、私に言ったではないか。おせっかいやきの親戚は大層な財産だと」
「おせっかいをやく親戚には、なりたくありませんの」
 そして、拾い手のない捨て猫を抱いたように途方にくれるフローレンスを見て、ひどく困った顔で、クリスティーナはつぶやいた。
「フローレンス。どうしてそんなに、プリムラの肩を持つの?」
 フローレンスはクリスティーナを見上げ、首を振った。
「騙されているのかもしれません。クリスティーナさんが言ったように、魔女に魅入られているのかも。でもそれとは別に、プリムラに対して、私は仲間のような気持ちを持っているのです。多分プリムラも……。だから私に執着するのだと思うんです。私もプリムラも、きっと同じ境遇だったんです。愛してくれた父が亡くなった。でも私には父の言葉があった。だから、絶望せずにここまで生きて来られた。プリムラには、何もない。自分一人で、自分を守って、生きてきたんです。でも、魔女だから、未来には何もない」
「そうよ。魔女には未来はないわ」
 クリスティーナはうなずいた。そして、苦いような、弱ったような顔で言葉を続ける。
「それでも、フローレンスはプリムラを助けたいの? 歪んだ魔女なんか、手に負えないわよ。人のあなたには」
 フローレンスは、プリムラの金の髪に頬を寄せた。
「城の窓から落ちる少し前に、プリムラの内面を、ほんの少し知ったんです。彼女の内にも外にも、何もない。ただ、同じ境遇で生きている私が、プリムラにとっての、一筋の希望だったんです。……、死なせたくありません」
「フローレンス」
 プリムラが、顔を上げた。
 フローレンスは腕の中の魔女を見つめた。
 プリムラは、右手をフローレンスの背中からはずして、首に掛けて引き寄せた。
 フローレンスは抵抗せずに、プリムラに顔を寄せる。
「それは駄目っ!」
 クリスティーナが叫んだ。猫を二匹捕まえたようにして、二人の襟首を掴んで引きはがした。
「わかったわよ! 私がこの歪んだガキを引き取って教育しなおせばいいんでしょうっ! いいこと、フローレンス! 魔女にそういうことを許しちゃ駄目なの。たとえどんなに可哀想だと思ってもね! プリムラにとっては単なる寂しさの余りの行動でも、あなたは確実に籠絡されるのよ! ああいやだいやだ! 自分の姪が魔女にかどわかされるなんて御免よ!」
「フローレンスを返して!」
 途端に悲鳴を上げるプリムラに、クリスティーナは一喝した。
「お黙りこのクソガキッ!」
 どころか、拳骨をくれた。ガツンという音が、診察室に響いた。
「あんたにやるのはフローレンスじゃないわ! 私の拳骨よ! フローレンスに免じて、あなたの歪んだ根性叩き直して、魔法使いにまで仕立ててやるから、感謝なさい!」
 プリムラから取り上げたフローレンスを、クリスティーナは王子に放り投げた。
「なんてことするんだ! クリスティーナ!」
 泡を食った王子が、フローレンスを抱きとめる。
「王子! フローレンスをとっとと時計室に連れてお行きなさい! フローレンスをこんなところに置いてたら駄目なんです! 今すぐにあなたの用事をお済ませなさい!」
 プリムラをベットにうつ伏せに押さえ付けたクリスティーナは、鋭い声だけを王子に投げ付けた。
「し、しかしなクリスティーナ、お前、その魔女に何かする気じゃ、」
 クリスティーナの怖さに目が離せない王子がそう抗弁すると、きっ、とクリスティーナは振り返った。
「しませんわよ何も。でも……さっさとしないと、この魔女を踏み潰しますわよ?」
 王子は駆け出て行った。



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