「近寄るな」
素気無く手で振り払われて、ガーネットは肩をすくめる。
「まあ。恥ずかしがらなくともよろしいのに」
「誰が、」
反射的に言い返そうとした王子は、急停止するように口をつぐんで、出そうとした言葉を引っ込めた。
軽く息を吐いて、肩の力を抜く。
「ガーネット嬢?」
王子が優雅に笑った。
「そろそろ、おいとま願えませんか?」
ガーネットは、相手の様子が変化したので、無言で眉を上げた。
探るように王子を見つめ、すきのない外交的な笑みを確認すると、自分も表情を改めた。気安い危険なものから、うやうやしいが含むところのあるものへと。
「あら。お邪魔でした?」
王子は、まず微笑んで、そして言った。
「話は済みました。返事をもう一度言いましょう。お断りする」
ガーネットはふわりと笑う。
「結構ですわ? 私の答えも先ほどの通りです」
王子はいささかのひるみも見せずに首を振った。
「それなら、あなたの相手は私ではない。王族を守る王宮の魔法使いだ」
魔法使いの少女は、表情をこわばらせた。
「クリスティーナ……」
「そう。仕事熱心なときは、やり過ぎるほどでね」
ファウナス王子はフロラの肩から手を離し、体の向きを変えて、ガーネットに正対した。
はぐらかすことを許さないように銀の瞳を見つめ、口元には秀麗な笑みを刷いて、王子は優雅に言った。
「ごきげんよう。ガーネット嬢」
「あ……」
魔法使いの令嬢は、熱いものに触れたように震えて、少し身をひいた。
みるみるうちに、桜色の頬が茜色に変わってくる。
くるりとした銀の目は、甘露が落ちたかのように潤んだ。
ガーネットは、何か言おうとして口を開きかけたが、王子の顔を見て、ひどく恥ずかしそうに顔をそむけた。
やがて、何故か悔しそうに唇をかみ、泣き出しそうな顔になった。
「おぼえてらっしゃい! 王子もクリスティーナも!」
顔を上げないまま涙声で叫ぶと、ガーネットは、かき消えた。
王子は瞬いた。
「え……? なんで泣くんだ?」
疑問が残るが、とにかく魔法使いが去ったので、王子はとりあえずほっとした。
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