シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

121 何よりの返事

「え?」
 一瞬、なんのことを言っているのわからなかった。
「あ」
 だが、すぐに思いついて、王子は戸惑う。
「今……?」
「はい……」
 ファウナ王子はフロラの頭から手を離して、自分の膝の上にのせた。
 フロラは逡巡しながら、言葉を紡いだ。
「ファウナス王子。返事は、わたくしの気持ちの整理がついてからで良いとおっしゃっていただいたのですけれど」
「うん」
 慎重に王子はうなずく。
 触れれば溶ける雪のように頼りなげな表情で、フロラは王子を見つめた。
「わたくし、まだ、わからないのです。けれど」
 こらえていた涙が、一筋流れた。
「けれど、……昨夜、王子が、もう踊らなくていいよとおっしゃられたとき、とても寂しかったのです。……さきほどは、ガーネット様の言葉を聞いて、とても悲しかった」
「フロラ、」
 王子は、薄紫色の瞳を見開いた。
 フロラは深い海のように青い瞳から涙をこぼしながら、王子の瞳を見つめて、続けた。
「まだ自分の気持ちがわからないのですけれど、お受けしても、かまいませんか?」
 涙に濡れた言葉が終わると同時に、王子は、夏の朝日のような笑顔を見せた。
「本当? やった!」
 野山を駆け回る少年のように屈託なく正直に、王子は喜びを表した。
「嬉しいよフロラ!」
 フロラの両手を取って上下に振り、座っていた身を乗り出して、涙の相手に輝く微笑みを向けた。 
 予想外に好意的で元気な反応をされたフロラは、驚きのあまり動けなくなって、されるがままになった。
「夢みたいだ!」
 明るい声と、ぶんぶん振られる手に圧倒されながら、フロラはやっと声を出した。 
「王子、でも、わたくしは」
 立ち往生する無垢な相手に、王子は優しい笑みを向けた。
 握っていた手を離し、王子は、相手に敬意を示すように片膝を立てて控えた。
「フローレンス嬢」
 ファウナス王子は、王宮の舞踏会にいるように、優雅に微笑んだ。
「愛しいあなたを悲しませて申し訳ない。しかし、それほどまで私を想っていらしたとは、喜びのほかに表す言葉がありません」 
 青い瞳の白金の乙女は、王子の言葉を聞いて瞠目し、胸に両手を当てた。まるでそこに心があるかのように。
 相手の方が自分の気持ちを理解していた。
 そういうことだったのだ。恋を、していた。知らなかっただけで。
 ひとしずく、涙が落ちた。
「泣かないで」
 王子は、フロラの右手を取った。
 菓子の甘い香りがする白く優美な手の甲に口付けて、王子は微笑んだ。
「愛しい人」



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