シンデレラ2 後日談

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

129 魔法使い召喚

 時計室に、フォークとナイフを握った令嬢が現れた。
 椅子に腰掛けていたらしく、移動させられて椅子が消えたために、令嬢は尻餅をついてしまう。
「きゃあっ!」
「帰る」
「逃がしませんわよ王子」
 ガーネットの悲鳴と、王子が逃げ出そうとするのと、クリスティーナが王子の後ろ襟首をつかむのは同時だった。
 しっかり化粧をしたガーネットは、おびえておののいた様子で、周囲を見回す。
「ああ……。なんですの? 一体……?」
 だが、王子と王宮魔法使いの姿を確認した途端、態度が変わった。
 それまで、か弱げに石の床に座り込んでいた幻の姫は、勢い良く立ち上がった。
「まあっ! ファウナス王子に、クリスティーナ! 一体、なんのつもりです!?」
 ガーネットは、主にクリスティーナの方を睨みつけて叫んだ。王子の方は見ようとしない。
「いきなり失礼ではありませんか! わたくし、夕食の途中でしたのよ!」
「そうだよな。謝る。突然すまなかった。これは事故だ。帰っていいぞ」
 王子はクリスティーナに襟首をつかまれたまま、こちらもガーネットとは目を合わせようとせずに、同情に満ちた言葉を紡いだ。
「ホホホホホ! 二人とも。ぜったいに帰さないわよ!」
 クリスティーナは、銀の瞳を細めて、華麗に嗤った。
「どうしてだ! 当人同士が迷惑してるんだぞ? お前が反対する権利はない」
 ファウナ王子はクリスティーナを疫病神を見るような目で見上げて言った。
 が、クリスティーナは意にも介さない。
「王子。弱気は禁物です。衝突を避けていては何にもなりません。さ、今後のことについて、二人でよおく話し合ってください」
 王子に向かってしゃあしゃあと言うと、次にガーネットを見て軽くうなずいた後に冷笑を浮かべた。
「ガーネット。まんまと私の術に掛かったようねえ?」
「ま!」
 かっとして、ガーネットは声を荒げる。
「おだまりなさい! この卑怯者! よくもこんな真似を! これはわたくしと王子との問題でしょう?」
 クリスティーナは余裕をもって眉を上げる。
「卑怯者ですって? これが王宮付きの魔法使いである私の仕事なの。王族を守るためなら何をしてもいいのよ私は」
「そんな契約は結んでいないぞクリスティーナ!」
 王宮付きの魔法使いは、非難する少女と青年に、慈悲深い笑みで応じた。
「がたがたうるさいわよ? さっさとしないと、二人ともミミズにして鳥小屋に放り込んでやるから」
 生まれたころから蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢ガーネットは、クリスティーナの言葉に、曇りのない自尊心を傷つけられた。
「なんて失礼な方なの! このファセットのガーネットを、み、みみ、ミミズにですって!? わたくしは、そんな醜い脅しに従うような下賎の者ではありません!」
 決闘状を突きつけるような顔で、ガーネットはクリスティーナを睨んで言い放つ。
「私、何が何でも帰らせてもらいます! あなたには屈しません!」
「ガーネット!」
 引き止めたのは王子だった。
「待てよ! クリスティーナはやるといったら本当にやるぞ?」
 怒りの炎を燃やすガーネットは、王子の言葉にも耳を貸さない。
「結構ですわ! わたくし、命令されるのは大嫌いなのです!」
 クリスティーナは得たりと嗤う。
「さすが、誇り高いご令嬢様でらっしゃるわねえ。その心意気、気に入ったわ」
 笑みが氷点下に下がる。
「あなただけミミズにしてあげる」
 ガーネットは、毅然と顔を上げてクリスティーナを睨みつけていたが、さすがに恐れて肩をすくめた。
「……きゃっ!」
「わかった! やめろクリスティーナ! 話し合うから!」
 王子は、魔法使いの手から逃れた。ガーネットの前に立って、クリスティーナからかばう。
 クリスティーナは、非常に面白くなさそうに肩をすくめる。
「もう結構です。この小娘をミミズにした方が面白いですから」
「お前なあ」
 王子はめまいを覚えた。額に手を当てる。
「理由はどうあれ、結局、誰かを苛められたらそれで満足なんだろう?」
 魔法使いはため息で応じた。
「そんなわかりきったことを確認なさらないでくださいな。やれやれだわ」
「わかりきったことか……はあ」
 若者は、脱力を禁じえなかった。どこまでもこの魔法使いは、好きで根性が曲がっている。
「もういい。頼む。私に免じてガーネットを許してやってくれ」
 ファウナ王子は、魔法使いクリスティーナに、頭を下げた。
 魔法使いは、成長した弟を見るような瞳でその姿を見て微笑んだ。王子には、その笑みは見えなかったが。
「雇用主に頭を下げられたら、しかたありませんわね。わかりました」



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