万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


16

 ホットケーキを食べ終わると、卯月が「そうだ、ミマだった!」と素っ頓狂な声を上げた。
「……なあに?」
 ミマは驚いて「どうしたの? 卯月」と促す。
「あのな、お願いがあるんだよ。聞いてくれるか? さっきマサヤに頼んだら、ミマか母さんに聞いてよ、って泣き出されてさあ」
「私か母さんに?」
 よくわからないが、ミマは「どんなこと?」と、さらに促してみた。
「風呂の入り方教えてくれよ」
「……」
 予想もしなかった。
「はあ?」
 あまりにも突飛な質問だったので、ミマは、つい聞きなおした。
 卯月はもどかしそうに、「もー、だからな、」と顔をしかめて、また言う。
「風呂の入り方を教えてくれって言ったんだよ」
「なにそれ訳わかんないんだけど」
「そのまんまの意味だよ。俺な、ああ違う、アタシ、アタシな、生臭いんだってさ!」
「……」
 なまぐさい?
「……なんで生臭いの?」
「ウヅキに言わせるとな。あ、ミマ、アイツってばおかしいんだぜ。『髪は毎日洗え! 体もだ!』って。おかしいだろ!?」
 同意を求められたミマだが、ゆっくりと数度瞬くと、首を振った。
「おかしくない。お風呂で毎日髪や体を洗うのは、別におかしいことじゃないよ」
「ええええええ?!」
 卯月が派手に驚いた。
「そんなに驚くの?」
 ミマが目を丸くした。
「ああああ、あの、僕、あの、姉さんがお部屋に帰りたいっていうから、あの、ちょっと席外すね……イタイ姉さんッ!?」
 頬を赤らめておろおろしたマサヤが姉を連れて席を立つが、またもつままれたようで悲鳴を上げた。
「うわ姉さんごめんなさい、あのね卯月ちゃん、姉さんが『ゆっくりしていってねー。後片付けはコイツに押し付けろ』だって。うわあん姉さん、痛いよ。もっと加減してようイターイッ!」
「おお。お姉ちゃんまたなー!」
 卯月はサヨに手を振って、話を戻す。
「毎日洗うは酷いだろ? 溶けるだろ」
 ミマは大きく首を振った。
「溶けない。誓って溶けない。……ん? ちょっと、卯月、」
 そして勢い良く椅子から立ち上がると、ずかずかと卯月の近くに来た。
「なんかピンときたんだけど、石鹸使ってないなんてこと、ないでしょうね?」
 果たして、生臭い子は堂々と呆れて肩をすくめた。
「せっけんって……。おいおいおい、ありゃー洗濯用だろ? 何言ってるんだよミマは。まったくよお。っとに、どいつもこいつも非常識だなあ。おまえ、生まれて何年だよ?」
 ミマのこめかみが、ピク、と震えた。
「わかりました。じゃあ私は心からウヅキ君の肩を持ちます。私はウヅキ君の味方です」
 両手を腰に当てて強い視線を卯月に浴びせかけ、ミマは渋い顔でしみじみうなずきながらそう言った。
「なんで怒ってんだよ?」
「卯月が、知らないくせに偉そうだからよ」
「違うんだよなあ。お前らが非常識なんだって」
 余裕ある卯月の態度に、ミマはまたこめかみを震わせた。
「ちょっと失礼?」
 腰をかがめて、卯月の髪の臭いをかぐ。ほぼ同時に顔をしかめた。
「生臭い……。ウヅキ君、間違ってない。ウヅキ君は正しい。昨日のナマゴミの臭いがするもの」
「お前ら神経質過ぎ。その若さでそんな細かいこと気にしてると、いつか病気になるぞ?」
「卯月に言われたくない。ちょっと待ってなさい。母さん呼んでくるから」


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