万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


17

「ゴミの収集日?」
 ミマの母は書斎にて仕事をしていた。
「母さん、話をちゃんと聞いて!」
 勢い込んで部屋にやってきた末娘を、母は「どうどうどーう」と馬にするようにいなした。
「でも、今日はゴミの日じゃないでしょ? 出しちゃだめ」
「違う! 卯月の話をしてるの。ナマゴミの臭いがするのよ! アイツ、昨日髪の毛をゴミ袋に突っ込んでそのまんま洗ってないんだわ。ウヅキ君から「生臭い」って言われて当たり前よ!」
「……。ミマちゃん落ち着いて。お母さんね、見ればわかると思うけど、お仕事中なんだー」
 こんなうるさい子に育てた覚えは無い、いや、あるかー、と、のんきにつぶやくと、母は机に置いたペンを再び手に取る。仕事を再開するつもりだった。
「もう母さん!」
 娘はペンをひったくった。
「何をそんなにむきに。ミマちゃんたら、どうしちゃったの?」
「私と母さんとで、あの子に身だしなみを叩き込むべきだと思うのッ! このままじゃろくな大人にならないわ!」
「……やだ、あんた学校の先生みたいなこと言うのねえ」
「だって生臭いんだよ!?」
「もーっ、はいはいはい」
 よっこらせ、と、ひどく億劫そうに母は立ち上がった。
「ミマがうるさいから、見に行くんだからな?」

 そして、母娘は食堂に来た。
「卯月ちゃんこんにちはー」
 にこやかに挨拶するミマの母に、卯月もニカニカ笑って挨拶した。
「おばさんこんちはー! あのなー、ミマがすっげえ怒ってるんだけど」
「おう。アタシにも怒ってたぜ。うッるせえよなあ」
「いいから母さん、とにかく臭いかいで! そしたらわかる!」
 急かす娘に、ミマの母は顔をしかめて、「卯月ちゃん。うちの娘ったら、いつからこんな神経質オババになっちゃったんだろうねえ」と言いつつ、卯月の頭に鼻を持っていった。
「……」
 母の笑顔が凍りついた。
 海が見える丘の上の小さな家に、潮風も吹き飛べというほどの怒声が響き渡った。
「オマエちょっとこっち来いやーコラァ! 風呂入れ風呂ォ!! ミマッ! アンタ、着替え持ってきなさい着替えッ!」
 ミマの母は卯月をまるで拉致するように横抱きにして荒々しい足取りで浴室に向かった。
「ほらねッ、母さん私の言ってること正しかったでしょ!?」
「おお! 悪かったなァ、ミマ! 母ちゃんバカだったァ!」
「よしッ!」
 ミマは自分の正義を確認し、ちょっと拳を握って快哉を上げると、母の言いつけを守り自室に行った。
「ギャアアアア! おばさん何? おばさん!? おばさん何するのさ!?」
 ミマの母に連行される卯月は、何がなんだかわからずとにかく悲鳴を上げた。
「うるせえ騒ぐんじゃねえよ! 俺が今からァ、入浴のなんたるかを教えてやんよォ!」
「ぎゃああああ!」


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