「ウヅキクゥン、言われたとおり、出てキテやったわよん?」
やがて、生活安全部長は、悪びれもせず部屋から出てきた。
「ああああ姐さぁああん!」
「姐さん! 姐さんだ! よくご無事で!」
湧き立つ下僕共には「アンタタチ、ゴメンネェ心配掛けて」と、アハンと笑ってひらりと右手を振って応じて、お色気部長はウヅキを不機嫌に見下ろす。
「ウヅキクンは何様?」
ウヅキはまっすぐに見上げた。
「お疲れ様です部長。待ってましたよ」
セイシェルは舌を出した。
「ちがぁう。『何様か』と聞いているの。ウヅキクンは、アタシに命令できる偉い立場ァ?」
「卯月を騙したそうじゃないですか」
「そうよ」
「家で留守番していたのに」
「だから何?」
部下の青年には鼻で笑って返し、そして少女ににっこり確認する。
「ねー卯月ちゃん。そんなの騙された方が悪いんだモノねー?」
ウヅキに抱え込まれている卯月は「そーだよネーチャンの言うとおりだよ」とつくづく頷く。
「納得するな」
青年は野良の少女を軽く小突いた。
「いッて。なにすんだよ!?」
卯月の抗議にウヅキは正論で返した。
「騙すのと騙されるのだったら、騙す方が悪いんだ。被害者が悪いなんて話は成立しない。だから公安が要るんだ」
「へぇ? それホントか? ……初めて聞いたぞ?」
卯月がきょとんとして家主を見た。
ウヅキはしかめ面で居候を見返す。
「騙した方が悪いんだ。卯月、よく覚えておけ」
セイシェルが「やぁだもお」と、不満そうに鼻を鳴らした。
「ちぇー。ウヅキクンたら余計なコト教えないのォ」
だが、言うか言わないかのところで、青年からきっと鋭く見返された。
「話を戻します部長。うちの卯月をかどわかさないでください」
「……」
お色気部長は無言の笑みで受けて、ゆっくりと優しく聞き返した。
「ウヅキクン。アタシ、何度も言ったわよね? 『この子を守りな』って」
「ええ」
ウヅキの表情は揺れない。
「たしかに聞きました。だから聞きます。守れと言ったあなたが、どうして危険な目に遭わせているんです?」
セイシェルが肩をすくめた。
「あん。ウヅキクンは、もうちょっと賢い子だと思っていたのに、がっかり。『この子を守りな』の後には、ちゃあんと、『でないとアタシタチが危ない目に遭わせるわよん?』って言葉が、隠・れ・て・る・の。……なんて顔してるの、ウヅキクン?」
「それが公僕のすることですか!?」
声を荒げる青年に、美女はけたけたと笑ってみせた。
「怒るだなんて。やぁだ、本当にお馬鹿さん。わかってるでしょ? アタシタチ3つは、人じゃないのよ。主上の『物』なの。しかも新殻衛兵」
セイシェルは星落としのときの笑みを浮かべた。
「神の武器が考えるコトなんて、血も涙も無い物騒なことに決まってるでしょ?」
青年は息を呑んだ。
「なんのためにそんなことを?」
お色気部長はにこりと笑う。
「アタシタチなりに、一番いい方法だと思ったから」
「方法?」
「ツガイにさせちゃえって」
ウヅキは顔をしかめる。
「お節介はやめてください」
「だって……このままだと野良卯月ちゃんが可哀想になるもの」
「部長達が可哀想にさせてるんでしょう?」
「そうよ。だから可哀想なんでしょ?」
「えっ?」
ウヅキには、訳がわからなくなった。
セイシェルは、笑ってみせた。
「ねぇ。ウヅキ君」
「なんです?」
「アタシタチは、公安の部長よね?」
「そうですね」
んふ、と、お色気部長は笑う。
「それは、物となったアタシタチが、主上に命ぜられているから、謹んでお受けしているのね」
「ええ」
「アタシタチは法の下にはいない。そうよね?」
「……ええ」
ウヅキは、空気が冷えたと感じた。
正確には、血の気が引いた。
新殻衛兵で只一つの女は、嗤った。
「アタシタチが人だった時、ナニされたりナニしてきたか、ウヅキ君は知らないでしょ」
青年は目を見開いた。
「……」
卯月を抱える腕に力がこもった。それは恐怖からではなく。
他の誰でもない、「彼ら」から卯月を護らなければいけないのだと悟ったからで。
セイシェルは青年の変化を見て、うふんと笑う。
「ここまで言ったら、わかったでしょ」
「卯月に関わらないでください」
「そうそう。わかってきたわね」
部長は笑った。
「アタシはウヅキ君のことは気に入ってるから、だから、前に教えてあげたコトを、もう一度言ってあげる。『大事なものは大事にしておかないとー? 変なおっさんに酷ォくていやんな目に遭わされるわよォ』」
「……わかりました」
やっと生活安全部長の言いたいことがわかった。
だから、自分が言うべき言葉もわかった。
それは、まだ不本意なものではあるが、言わねば、この色香の塊が何をするかわからない。
ウヅキは少し息を吐いて部長をしっかりと見返すと、はっきりと言った。
「私の卯月に手を出さないでください」
周囲が「おお」と、どよめいた。
「なにソレ!? ウヅキチャーン!? ひゅーひゅー!」
「何告白してんの!?」
「うっは! 勤務中に告白たぁ、やるねぇ! ウヅキちゃんのくせにィー!」
生活安全部の職員達が、今までは土下座して部長のお言葉を無言で拝聴していた彼らが、せきを切ったように声を投げた。
お色気部長は得意満面で指揮の手を挙げる。それとともに大きな胸も景気良く揺れる。
「あッはァん! アタシ、今日一番イイコトしちゃった! じゃー、アンタタチィ、イクわよ! お仕事お仕事ォ!」
「はぁい姐さぁーん!」
生活安全部はいそいそと仕上げにとりかかった。被疑者は紙切れになったが捕まったので、これから酒場の一店一店をガサ入れしに行くのだ。
ウヅキと卯月、二人が残った。
「……」
ウヅキは顔をしかめる。なにゆえにこのような目に遭わねばならないのだ?。
「ウヅキ、さっき、なんて言った?」
卯月がひょいと顔を上げて聞いてくる。
ウヅキは視線をそらす。
「別になんでもない。大したこと無い話だから気にするな」
さっきのは、別に、告白でもなんでもない。
人間愛だ。
隣人愛だ。
お互いにとってどうでもいいことだ。
私にすれば方便に近いし、卯月にはそれこそどうでもいいだろうし。
「……そっか、」
目を伏せた卯月が、少し寂しそうなのは、私の気のせいだ。
まだ薬が抜け切っていないから、私の頭が妄想めいたものを作り上げているだけなのだ。
「そうだ」
ウヅキは、自分への念押しも含めて、卯月に言ってやった。
そして、先に立ち上がって卯月を見下ろす。
「帰るぞ卯月」
「おお」
こくりとうなずいた少女は、両手に力を込めて、立ち上がる姿勢を見せたが。
「立てるか?」
「うう、」
すぐに、無理だというのがわかった。膝が盛大にわらっていて、用を成さない。
「来い」
腰を下ろして背中を向けた。
「うん。ありがとな。ウヅキ」
ちょこんと乗っかってくる。本当に、小さくて軽かった。
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