万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


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「ウヅキクゥン、言われたとおり、出てキテやったわよん?」
 やがて、生活安全部長は、悪びれもせず部屋から出てきた。
「ああああ姐さぁああん!」
「姐さん! 姐さんだ! よくご無事で!」
 湧き立つ下僕共には「アンタタチ、ゴメンネェ心配掛けて」と、アハンと笑ってひらりと右手を振って応じて、お色気部長はウヅキを不機嫌に見下ろす。
「ウヅキクンは何様?」
 ウヅキはまっすぐに見上げた。
「お疲れ様です部長。待ってましたよ」
 セイシェルは舌を出した。
「ちがぁう。『何様か』と聞いているの。ウヅキクンは、アタシに命令できる偉い立場ァ?」
「卯月を騙したそうじゃないですか」
「そうよ」
「家で留守番していたのに」
「だから何?」
 部下の青年には鼻で笑って返し、そして少女ににっこり確認する。
「ねー卯月ちゃん。そんなの騙された方が悪いんだモノねー?」
 ウヅキに抱え込まれている卯月は「そーだよネーチャンの言うとおりだよ」とつくづく頷く。
「納得するな」
 青年は野良の少女を軽く小突いた。
「いッて。なにすんだよ!?」
 卯月の抗議にウヅキは正論で返した。
「騙すのと騙されるのだったら、騙す方が悪いんだ。被害者が悪いなんて話は成立しない。だから公安が要るんだ」
「へぇ? それホントか? ……初めて聞いたぞ?」
 卯月がきょとんとして家主を見た。
 ウヅキはしかめ面で居候を見返す。
「騙した方が悪いんだ。卯月、よく覚えておけ」
 セイシェルが「やぁだもお」と、不満そうに鼻を鳴らした。
「ちぇー。ウヅキクンたら余計なコト教えないのォ」
 だが、言うか言わないかのところで、青年からきっと鋭く見返された。
「話を戻します部長。うちの卯月をかどわかさないでください」
「……」
 お色気部長は無言の笑みで受けて、ゆっくりと優しく聞き返した。
「ウヅキクン。アタシ、何度も言ったわよね? 『この子を守りな』って」
「ええ」
 ウヅキの表情は揺れない。
「たしかに聞きました。だから聞きます。守れと言ったあなたが、どうして危険な目に遭わせているんです?」
 セイシェルが肩をすくめた。
「あん。ウヅキクンは、もうちょっと賢い子だと思っていたのに、がっかり。『この子を守りな』の後には、ちゃあんと、『でないとアタシタチが危ない目に遭わせるわよん?』って言葉が、隠・れ・て・る・の。……なんて顔してるの、ウヅキクン?」
「それが公僕のすることですか!?」
 声を荒げる青年に、美女はけたけたと笑ってみせた。
「怒るだなんて。やぁだ、本当にお馬鹿さん。わかってるでしょ? アタシタチ3つは、人じゃないのよ。主上の『物』なの。しかも新殻衛兵」
 セイシェルは星落としのときの笑みを浮かべた。
「神の武器が考えるコトなんて、血も涙も無い物騒なことに決まってるでしょ?」
 青年は息を呑んだ。
「なんのためにそんなことを?」
 お色気部長はにこりと笑う。
「アタシタチなりに、一番いい方法だと思ったから」
「方法?」
「ツガイにさせちゃえって」
 ウヅキは顔をしかめる。
「お節介はやめてください」
「だって……このままだと野良卯月ちゃんが可哀想になるもの」
「部長達が可哀想にさせてるんでしょう?」
「そうよ。だから可哀想なんでしょ?」
「えっ?」
 ウヅキには、訳がわからなくなった。
 セイシェルは、笑ってみせた。
「ねぇ。ウヅキ君」
「なんです?」
「アタシタチは、公安の部長よね?」
「そうですね」
 んふ、と、お色気部長は笑う。
「それは、物となったアタシタチが、主上に命ぜられているから、謹んでお受けしているのね」
「ええ」
「アタシタチは法の下にはいない。そうよね?」
「……ええ」
 ウヅキは、空気が冷えたと感じた。
 正確には、血の気が引いた。
 新殻衛兵で只一つの女は、嗤った。
「アタシタチが人だった時、ナニされたりナニしてきたか、ウヅキ君は知らないでしょ」
 青年は目を見開いた。
「……」
 卯月を抱える腕に力がこもった。それは恐怖からではなく。
 他の誰でもない、「彼ら」から卯月を護らなければいけないのだと悟ったからで。
 セイシェルは青年の変化を見て、うふんと笑う。
「ここまで言ったら、わかったでしょ」
「卯月に関わらないでください」
「そうそう。わかってきたわね」
 部長は笑った。
「アタシはウヅキ君のことは気に入ってるから、だから、前に教えてあげたコトを、もう一度言ってあげる。『大事なものは大事にしておかないとー? 変なおっさんに酷ォくていやんな目に遭わされるわよォ』」
「……わかりました」
 やっと生活安全部長の言いたいことがわかった。
 だから、自分が言うべき言葉もわかった。
 それは、まだ不本意なものではあるが、言わねば、この色香の塊が何をするかわからない。
 ウヅキは少し息を吐いて部長をしっかりと見返すと、はっきりと言った。
「私の卯月に手を出さないでください」
 周囲が「おお」と、どよめいた。
「なにソレ!? ウヅキチャーン!? ひゅーひゅー!」
「何告白してんの!?」
「うっは! 勤務中に告白たぁ、やるねぇ! ウヅキちゃんのくせにィー!」
 生活安全部の職員達が、今までは土下座して部長のお言葉を無言で拝聴していた彼らが、せきを切ったように声を投げた。
 お色気部長は得意満面で指揮の手を挙げる。それとともに大きな胸も景気良く揺れる。
「あッはァん! アタシ、今日一番イイコトしちゃった! じゃー、アンタタチィ、イクわよ! お仕事お仕事ォ!」
「はぁい姐さぁーん!」
 生活安全部はいそいそと仕上げにとりかかった。被疑者は紙切れになったが捕まったので、これから酒場の一店一店をガサ入れしに行くのだ。
 ウヅキと卯月、二人が残った。
「……」
 ウヅキは顔をしかめる。なにゆえにこのような目に遭わねばならないのだ?。
「ウヅキ、さっき、なんて言った?」
 卯月がひょいと顔を上げて聞いてくる。
 ウヅキは視線をそらす。
「別になんでもない。大したこと無い話だから気にするな」
 さっきのは、別に、告白でもなんでもない。
 人間愛だ。
 隣人愛だ。
 お互いにとってどうでもいいことだ。
 私にすれば方便に近いし、卯月にはそれこそどうでもいいだろうし。
「……そっか、」
 目を伏せた卯月が、少し寂しそうなのは、私の気のせいだ。
 まだ薬が抜け切っていないから、私の頭が妄想めいたものを作り上げているだけなのだ。
「そうだ」
 ウヅキは、自分への念押しも含めて、卯月に言ってやった。
 そして、先に立ち上がって卯月を見下ろす。
「帰るぞ卯月」
「おお」
 こくりとうなずいた少女は、両手に力を込めて、立ち上がる姿勢を見せたが。
「立てるか?」
「うう、」
 すぐに、無理だというのがわかった。膝が盛大にわらっていて、用を成さない。
「来い」
 腰を下ろして背中を向けた。
「うん。ありがとな。ウヅキ」
 ちょこんと乗っかってくる。本当に、小さくて軽かった。


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