万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


56

「ただいま」
 18時。ウヅキは帰宅した。
「おかえりー!」
 パタパタと足音が響いて、卯月が迎えにきた。
 青年は、こうやって出迎えがあるのは悪くないことだ、と、思った。
 しかし。
「卯月……っ」
 家主は固まった。
「どーした?」
 居候はきょとんとして首を傾げた。
「お前、その格好は……」
「これか?」
 少女はにこりと微笑んだ。
「ミマが見舞いにきてくれて、着せてくれた。どうだこれ!」
 元気良く、両手を広げて、着ている服を見せてくれる。
 ウヅキは返す言葉をなくした。
「……」
 よくない、と、思った。
 清楚な膝丈の薄青いスカートに、真っ白なフリルのブラウス。そして長い髪を左右で分けて結っていて、赤いリボンがくっついている。
 よくない。
 かわいい。
 まずい。
 とりあえず台所へぎくしゃくと歩を進めながら、ウヅキは、隣を上機嫌で付いてくる居候に伝えてみた。
「なあ、卯月。……私がどうこう言っていいことじゃないかもしれないが。その、服装は……」
 できれば、いや、ぜひとも、「素っ気無いシャツと長ズボン」にして欲しい。と言うつもりだった。
 しかし、少女は皆まで言わせずに報告した。
「あのなー。ミマが『セイチョウキだから、私があげる服なんかすぐ着れなくなるのよ! もったいないから着られるうちに着てね! 絶対だよ!』て」
「……」
 そんな。
 ウヅキが顔色を失った横で、卯月は自分の着ているスカートのすそがきれいにサラサラと揺れる様にみとれながら、言い加えた。
「なー面白いよなミマって。仕切り名人っての? やっぱ上に立つ人間ってのは仕切り好きだよな。『怪我が治るまで毎日見舞いに来くるからね。それで、着てなかったら許さないからね』て」
 ウヅキはめまいを覚えた。
「……ミマちゃんは、どうしてそこまで、卯月の服装にこだわるんだ?」
「そこなんだけどな!」
 ぱっと顔をあげた卯月と目が合ってしまった。ウヅキはそれでまた「かわいい」と思い、絶望的な気持ちになった。一つ屋根の下で、これからも『これまでどおり』普通に暮らせるのだろうか?
「ミマが言うにはな、『卯月に着てもらおうと思ってあげたんだからね! 着てよ絶対着て。そうでないと私悲しい』って。アタシさあ、あんま他人に物やったコト無いからわかんねーけど。そんなもんなの? やったら使って欲しいもんかな?」
 尋ねはするが、卯月はたいして答えを必要としていなさそうだった。にこにこ笑いが自然に溢れていて、ほんとうに嬉しそうだった。ブラウスのフリルを指でつついたりしている。
 当惑しきりなのは青年の方だ。
「まあ、そうだな」
 たしかに、贈った物を使って欲しいと思うのは自然な気持ちだ。
 だが、私が困る。
「そっかー。でも、アタシも実はちょっと嬉しいしなー。今までこんなん着たことなかったから。へへ」
 ウヅキは見てしまった。「実は」どころではなく、それは彼女の心からの笑みだった。
 もうそれで、自分の要望は言えなくなった。
「……よかったな、卯月」
 ウヅキはそう言って、深く息を吐いてまた吸った。
 他人を変えられないのならば、自分を強くすればいいのだ。
 要は自分の平常心だ。そう、鍵は自分にあるのだ。と、擦り込むように何度も思いながら。
「さて、夕食でも作るかな」
「なー、なんか手伝うこと」
「無い」
 とりあえず、台所は死守する。そう決めた。


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