始業時刻を20分遅れてノコノコと入ってきた子供に、部下はきっちり挨拶をした。
「おはようございます部長。ではこれから休みをいただきます」
「おはようウヅキ君。律儀に真面目でいたみいるなあ」
ふああ、と、大口を開けてから、セイシェル部長は言う。
「なのに、いたいけな上司を独りぼっちにさせる気なんだ。シクシクシク。寂しいなあシクシク」
あくびの涙を利用している。
「ええそうです」
きっぱりとうなずいて、部下は釘を刺した。
「くれぐれも言っておきますが、私の留守中に、みだりに本に触れないでくださいね。約束ですよ?」
「ウヅキ君はボクより本が大事なんだ……ふうん。メソメソメソ」
「はい。その通りです」
「酷い。酷すぎる部下。部長泣いちゃう。ふあああ」
三度目の涙もあくび交じりだったので、ウヅキはさすがに奇妙に思った。
「どうしたんですか? 部長」
「寝不足だ。昨夜から一睡もしてねー」
「……他部で事件でも?」
「おう」
ウヅキは目を細めた。
「どんな事件です?」
「大したことねーよ」
セイシェルは自席によじ登りながら答えた。
「機動部の方なんだけどな。すっげー汚いゴミの家があってよー。それだけならまだいいんだけどよ。ゴミが公道にまではみ出して広がってんの。しかも紙くず。風に吹かれて路上に散乱しまくって、超迷惑」
「……」
ウヅキは席を立った。
セイシェルはあくびを交えて続ける。
「ふああああ、油まみれの紙くずとかもあってさー。危ねーだろ? 北の街は雨ばっかだから、まー大丈夫だとは思うが、火事になったら大事だし。それに不思議なのは」
本棚の側にきた部下が、言った。
「不思議なのは、『片付けても片付けても、翌日の夜にはまた元に戻っていること』ですか?」
懲罰執行部長は目を見開いた。
「え。なんでわかるのオマエ」
ウヅキは、「わかりますとも」と、ため息をついた。
そして、一冊の本の表紙を、部長に見せ付ける。
「『部屋を占拠する邪魔な紙クズ』。きっとこの中の一頁が抜けてるんです。また」
ふあああ、と、四度目のあくびは、怪訝な顔をより歪ませた。
「『また』……? って何だよ?」
「一年前にあなたが引き起こした『あの事件』。そのことを懲りもせずに、という意味の『また』です」
「ハハハハハハー!」
部長は笑い飛ばした。
「ねーよ! おめー。いッくらなんでも。俺だってバカじゃないんだからさー。そりゃー相変わらず本嫌いだがなー。だけどそんなバカじゃねーよ。それを『俺の所為』とか、バッカじゃねーの? ちょーバカ! ウヅキってチョーばか」
ほざく上司を尻目に、青年は落ち着き払って静かに本をめくる。
そして指を止めて、冷たく目を細めた。
「部長。……また12頁が、ありませんが?」
部長は曇り空より顔色が悪くなった。
「俺のバカー!」
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