万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


61

 部長達に別れを告げたと思ったら、今度は、一階受付で職員二人が待ち構えていた。
 機動部のアリムラとヤマグチだった。
 ウヅキが「おつかれさまです」と目礼すると、アリムラが「いいや」と大きく首を振った。
「おつかれじゃねえ。主にびっくりしてんだよ俺は」
「びっくりですか?」
 意味がわからず、ウヅキは少し首をかしげる。
 仁王立ちで立つヤマグチが言った。
「ウヅキィ。ここから出て行く前に、俺らの話を聞いていけ」
 いやに機嫌が悪い。
「なんでしょう?」
 ウヅキが面倒くさいと思いつつも、ひとまず応じる姿勢を見せると、ごつい男が二人してウヅキに駆け寄ってきた。そして両腕を捕まえると、受付台の下に引きずり込んだ。
「えー!? ウヅキどうすんだよお前ら?」
 一人取り残された卯月が声を投げるが、アリムラが振り向いて「ちょっと業務連絡なんだよヒミツの!」と言ってかわす。
「まァまァ、ウヅキ、ちょっと、三人でこの受付台の影にしゃがんでみようぜ?」
 ウヅキにアリムラが耳打ちする。
「どうしてそんな変なことをしないといけないんですか?」
 ウヅキが眉をひそめると、ヤマグチに「バカ、ヒミツの話をするからだよ!」とヒソヒソ声でたしなめられた。
 学校の教台の下に隠れる悪ガキに似ている。
 むさくるしい男共三人が、受付台の下に座り込んだ。
「一体なんですか? 早く済ませてください」
 苦い顔でそう言ったウヅキに、ヤマグチが体当たりをドスと食らわせた。
「何するんですか!?」
「お前さー、なにあの卯月ちゃんときたら」
 もそもそと言うヤマグチの頬が赤らんでいる。気色悪い。
「……。卯月『ちゃん』って……」
 これまで彼らが『ちゃん』付けで彼女を呼んだことなど聞いたことがない。ウヅキは気味が悪くなった。
「卯月ちゃんは卯月ちゃんだよ。俺、さっき見たとき、わかんなかったんだぜ。あれ別人じゃんよー。もうあれ卯月じゃねえよ卯月ちゃんだよ」
 アリムラも頬を赤らめて言う。
 そして二人で「かわいいなあ卯月ちゃん」と異口同音にほざいた。
「……」
 ウヅキは閉口した。大の男が二人して恥ずかしくないのだろうか。機動部というのは特に女性に縁遠い部であるので、かすかな女性の気配にも敏感なのだろうか? よくわからないがとにかく尋常ではない。
「大丈夫ですか? お二人とも」
「大丈夫だよ俺の目に狂いはねえ」
 アリムラが鼻息荒くうなずく。
「俺も目が覚めたんだよ」
 ヤマグチが眉をきりりと寄せて、目をかっこよく輝かせながら応じる。しかし焦点はぼけていた。熱に浮かされたように。
「そうですか。ではそういうことで失礼します」
 ウヅキはなんの未練もなく立ち上がろうとした。別に同僚が私的におかしくなったとしても、それはどうでもいい。
「待てコラァ!」
 ごつい手が二人分伸びて、ウヅキを引き下げた。
「……。まだ何かあるんですか?」
「今からが本題よ!」
「もう終わりでいいじゃないですか。アリムラさん」
「黙れウヅキ、これからだ! アリムラに代わって俺が問おう。あーゴホンゲホン」
 ヤマグチがもったいぶった咳払いして、
「なーなー。お前らさあ、一体、ど、どこまで進んでんだ?」
 鼻の穴を広げて質問した。
 ウヅキは真面目に首を傾げた。 
「何がです?」
「うわなんだお前。ウヅキのくせに、どうして動揺しないんだ!?」
「ヤマグチィ、俺に代われ。俺は『オトシのアリムラ』だぜェ?」
 アリムラが片頬で笑った。いくら渋く決めても、三人して受付台の下にしゃがみこんでいるみっともない姿に変わりはなかった。
「なんですかアリムラさん?」
 うんざりしているウヅキに、アリムラが頬を緩ませて言う。
「だからさー。卯月ちゃんカワイイじゃん? お前もカワイイと思ってんだろ? え?」
「……」
 ウヅキは目を背けた。
 アリムラはニヤリと笑い「おお、動揺したな。ざまァないね」と言って続ける。
「一つ屋根の下で暮らしてるのに、大丈夫なのかいウヅキ青年は、と聞いてるんだよ。俺たちさァ、心を通わせたナカヨシ同僚じゃないか? な? 正直に言いたまえよ。なあ、ちゅーした? ちゅー?」
「!」
 懲罰執行部の青年は明らかに動揺して、思わず立ち上がろうとしたが、受付台の下であったために、台に「ガッ!」と頭をぶつけた。
「おっしゃ!」
 ヤマグチとアリムラがそれに快哉をあげた。
「おいおいおいーィ! なんだそのあわてっぷりはァ!? アリムラ、さすがよくやった! オトシのツボ心得てるぜ!」
「まあな。そう、俺こそが『キングオブオトシのアリムラ』だ。おいウヅキ、したのかチュー!?」
 この人たちは子供か、と思いながら、ウヅキはぶつけた頭をさすった。かなり痛かった。
「してません」
 そしてきっぱりと否定すると、二人は明らかに喜んだ。
「オイオイ。しろよなチューくらい。もうッ意気地なしッ」
「なんだガッカリだぜーェ? やっぱマジメだったねえーウヅキクン。でもマジメ過ぎんのもブーだぜブー!」
 天にも昇る笑顔でウヅキをけなしている。なんてわかりやすい人たちだろう、と、ウヅキはあきれた。内心で「ウヅキが手を出せないでいるんだったら、俺たちにも卯月ちゃんと恋人的に仲良くなれる的な可能性はある」と思っているのが丸わかりの緩んだ顔だ。
「お前ら話なげーよ!」
 いきなり、受付台の向こうから、卯月が身を乗り出して覗き込んできた。いい匂いのする長い茶髪がさらりと落ちる。
「うを卯月チャン!? ……いでッ!」
「うわ卯月チャン!? ……いだッ!」
 アリムラとヤマグチは彼女が上から突然顔を出したので、ひどく驚いて飛び上がり、もちろん受付台の下であるので、もろともに頭をゴスガスとぶつけた。
 この機会を逃さず、ウヅキが立ち上がった。
「じゃあそういうことで今度こそ失礼します。行こう卯月」
 アリムラとヤマグチは、頭頂部にふくらみ始めたタンコブをさすりさすり見送った。
「今度会ったら覚えとけよウヅキーッ!」
「またねー! 卯月ちゃーん!」


←戻る次へ→

万の物語 作品紹介へ inserted by FC2 system