万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


「すっげえあつい!」
 午後、ミマの家に招待された卯月は、目を丸くしていた。
「すげえなマサヤ! お前はホットケーキの天才だ! ホントすげえよ!」
 興奮して顔を真っ赤にしてはしゃぐ卯月に、マサヤは照れて頭をかいた。
「そんなあ。こんなのふつうだよぅ」
 なぁに言ってんだよ、と、少女はきっぱり否定する。
「普通じゃねえよ普通じゃねえって! お前、自信持った方がいいよ! お前、天才だよ! 天才!」
「そんなことないよう。ほら卯月ちゃん、座って? さめないうちにどうぞ?」
 そこに、マサヤの母が食堂に顔を出した。
「なんだ。卯月ちゃんが騒いでるから、『マサヤがすごいご馳走こしらえたのね。これは一緒に食べなきゃ』と思って来てみたら……」
 大喜びの卯月を見て、そして少女の前にちょんと置かれた食べ物を見て、大笑いする。
「なんだよーホットケーキかあ。ハハハハハハ!」
 すると、ようやく座った卯月がまた興奮して席を立った。
「ちょ、おばさん、すっげえんだよこれ、おばさん知らねえかもしれねえけど、コレすっげえことなんだよ!? こんな、この厚さ! すげえんだよ!」
 ホットケーキを指差して「すげえんだよ」と力説している。
 鼻息まで荒くなり、ふごふごいっている。
「まあまあ、卯月ちゃん。ミルクあっためたからね。飲んで落ち着いてよ?」
 薄桃色のカップに白い優しい飲み物を注いで、マサヤは少女の前にコトリと置く。そして、左を見た。
「姉さんも、座ろう?」
「んん、」
 ずっと弟の左腕を握っているサヨは、小さく首を振った。くいくいと左腕をひっぱると、姉は弟に耳打ちした。
「お部屋に戻るの?」
 サヨは小さくうなずいた。
「うん。わかった」
 マサヤは微笑んで願いを聞き入れ、卯月に「ゆっくりしていってね?」と言うと、姉を連れて食堂から出る。
 出て行き際に、サヨはまた弟に耳打ちした。
 マサヤは卯月の方を見ると、
「姉さんがね、『マサヤに何でも作ってもらいなさい』って」
 と、言った。
「……」
 ミルクの入ったカップをこねくり回した卯月は、隣に座ったおばさんに聞いた。
「俺、じゃない、アタシ、うるさかった? サヨのこと、怖がらせた?」」
「違うよ。うちが騒々しいのいつものことだもん」
 ニヤリと笑ったおばさんは、卯月の頭をこねくり回して「子供が遠慮すんな」と言う途中で鼻を曲げ、「ぐお、卯月ちゃん生臭いぞ!?」とうなった。
「いいこと? 卯月ちゃんは、お家帰ったら一番最初に風呂に入んなさい」
「あー。うん。で、おばさん、サヨのことは、」
 海から吹いてきた風が、伸びやかに自由に部屋を遊びまわっていった。
 サヨの母は、笑ってみせた。
「……サヨはね、心を怪我してるの。元気になるまでに時間がかかる怪我なの。仕方ないの。でも、だからって遠慮しないでね。遠慮されるのが、サヨには一番苦しいことだから。サヨにとっては、皆が変わらずに笑いあってるのが、一番救われることなの」

 サヨの部屋は、この家で一番日当たりがよく風通しのいい場所だった。
「……卯月ちゃんに悪いことしちゃった」
 自室に入ると、サヨは話し始めた。
「せっかく遊びに来てくれたのに。わたし、おもてなししたかったのにな」
 ベッドに腰掛けて、涙をにじませた。
 床に膝をついたマサヤは、姉を見上げた。
「無理しないでいいんだよ。姉さん、」
「なんでこんなになっちゃったんだろう。わたし、」
 はらはらと涙を落とすサヨの頭を、マサヤはそっと撫でた。
「こわくてこわくてしかたないの。誰も何もしないって、わかってるのに、」
「知ってるよ。姉さんが苦しいってこと、皆、わかってるよ。だから、頑張らないで。無理しないで。姉さんは悪くない。皆、わかってるよ」
「マサヤ、」
 弟は姉の肩を抱いた。
「大丈夫だよ。姉さん。無理しないでいいんだ。ゆっくり休んでいていいんだよ」


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