万の物語/十二万ヒット目/十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

十二の月が巡るまで〜ウヅキと卯月〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 遠慮されるとは、思いもしなかった。
 風呂上りのウヅキは、洗ってぬれた髪をわしわしと拭きながら、午前中に生活安全部長が言っていた言葉を思い出した。
 「衣食足りて礼節を覚える」
 飯は食べさせているが。
 衣類はまだ与えてない。
 屋根の下には住まわせてやっている。
 それで、……卯月が、礼節?
 ウヅキは可笑しくなった。 
 馬鹿馬鹿しい。
 礼儀正しい卯月なんて想像もできない。
 そんなことは望んでもいないし、必要でもない。私は卯月に、ただ「余っている場所」を提供してやっただけだ。
 上司に脅されて、彼女を野放しにするわけにはいかなくなったから。
 そのうち、自分で生活できるようになるだろう。そうしたら出て行かせればいい。
 青年はそこで考えるのをやめて、台所へ行く。
 冷たい水を飲んでいると、背後から軽い足音が近づいてきた。
 卯月だ。
「ウヅキ、風呂、」
 振り返りもせずに答えた。
「入れよ」
「おお」
 とことこと足音が遠ざかっていく。
 一応は異性であるので、卯月と一緒に暮らすのは大変かもしれないと思っていたが、そうでもなかった。
 以前から一緒に冒険してきた仲であったし、卯月のさばさばした性格はウヅキに合っていた。異性をほとんど意識しないで済む。むしろ同性の友人のようだった。ただ、以前は手癖が悪いことこの上なかったが。
 ウヅキは、コップを流しに置くと、誰も居ない後ろを振り返った。
 その点では、機動部長に感謝しなければならないのだ。恐怖によってではあるが、卯月を更生させたのだから。
 少女大量誘拐事件の際に、彼女の窃盗行為が疑われ、あの部長の強面に脅されるだけ脅されて、卯月は、泣きながら「もうしない」と誓ったのだった。
 それ以来、悪事を働くことは無くなった。今や早朝から私立学校の学生たちと奉仕活動などしている。そこの会長をしているお嬢様とは、何と気が合うらしい。信じられないことだ。まあ相変わらず言葉遣いは悪いし荒いが。
 部長たちには感謝しなければならないのだ。その点においては。
 だが、彼らはけっして感謝してはならない相手でもある。
 どれもこれもアクが強すぎる。
 三様の顔を思い浮かべて、ウヅキは重いため息をついた。
 ……どうして家に居てまで上司のことを考えねばならないのだ。そこまで仕事好きではないのに。
 また時間を作って、どこかに冒険したくなった。


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