遠慮されるとは、思いもしなかった。
風呂上りのウヅキは、洗ってぬれた髪をわしわしと拭きながら、午前中に生活安全部長が言っていた言葉を思い出した。
「衣食足りて礼節を覚える」
飯は食べさせているが。
衣類はまだ与えてない。
屋根の下には住まわせてやっている。
それで、……卯月が、礼節?
ウヅキは可笑しくなった。
馬鹿馬鹿しい。
礼儀正しい卯月なんて想像もできない。
そんなことは望んでもいないし、必要でもない。私は卯月に、ただ「余っている場所」を提供してやっただけだ。
上司に脅されて、彼女を野放しにするわけにはいかなくなったから。
そのうち、自分で生活できるようになるだろう。そうしたら出て行かせればいい。
青年はそこで考えるのをやめて、台所へ行く。
冷たい水を飲んでいると、背後から軽い足音が近づいてきた。
卯月だ。
「ウヅキ、風呂、」
振り返りもせずに答えた。
「入れよ」
「おお」
とことこと足音が遠ざかっていく。
一応は異性であるので、卯月と一緒に暮らすのは大変かもしれないと思っていたが、そうでもなかった。
以前から一緒に冒険してきた仲であったし、卯月のさばさばした性格はウヅキに合っていた。異性をほとんど意識しないで済む。むしろ同性の友人のようだった。ただ、以前は手癖が悪いことこの上なかったが。
ウヅキは、コップを流しに置くと、誰も居ない後ろを振り返った。
その点では、機動部長に感謝しなければならないのだ。恐怖によってではあるが、卯月を更生させたのだから。
少女大量誘拐事件の際に、彼女の窃盗行為が疑われ、あの部長の強面に脅されるだけ脅されて、卯月は、泣きながら「もうしない」と誓ったのだった。
それ以来、悪事を働くことは無くなった。今や早朝から私立学校の学生たちと奉仕活動などしている。そこの会長をしているお嬢様とは、何と気が合うらしい。信じられないことだ。まあ相変わらず言葉遣いは悪いし荒いが。
部長たちには感謝しなければならないのだ。その点においては。
だが、彼らはけっして感謝してはならない相手でもある。
どれもこれもアクが強すぎる。
三様の顔を思い浮かべて、ウヅキは重いため息をついた。
……どうして家に居てまで上司のことを考えねばならないのだ。そこまで仕事好きではないのに。
また時間を作って、どこかに冒険したくなった。
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