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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


17

「つまりさァ? 世を忍ぶ仮の姿なんだよ。これは」
 初めて会ったのは、採用試験の面接の時だった。「幼い」部長はそう言った。
 また、こうも言った。
「ねえ、ウヅキ君? 採用されたあかつきには、俺と二人でさ、世界を『グッ!』とわしづかまないか? 僕んとこにくれば、夢とか理想なんて言葉、存在しないから。もはやそれって『現実』だから」
 これは無視した。採用後、それは、予想通り単なる軽口だったことが確認できた。
 まったく。
 公共安全及び国家治安維持管理機構「懲罰執行部」。この部署は、罪人に刑罰を与えるところ、ではない。
 職務内容は「懲罰の執行に関すること」と、組織図に書かれている。
 そっけない内容だが。
 いいのだそれで。
 そして、それも今はどうでもいいことだ。
「だからー! これはぁ、世を忍ぶ仮の姿、あくまで仮なんだよっ!」
「やーい! やーい! チビチビー! ちょーチービチビチビ!」
「本来チビじゃねーつってんだろーがっ!? オイ聞いてんのかこの腐れガキがぁ!」
「赤ちゃあァあん!」
「お前しばき倒すぞコルアァア!?」
 一階、「機動部」の入り口と奥。こっちと向こうで、男の子と少女が舌戦を展開していた。低次元だった。
「おつむの程度からしても、似合いじゃねえかぁ? ひひッ」
 アリムラがウヅキに、にやにやわらう。
 ウヅキはうなずいた。しみじみと。
「まったくです。心底まとまって欲しいと思います。私がからまれずに済むので、これほど良いことはないです」
「女と一緒にいる奴って、例外なく敵なんだよな。俺にとっては」
 アリムラの隣にいたイワベはそう言うと、手近にあった湯桶のような形の金属片を手に取り、部屋の奥から、中央にいるセイシェルに向かって、思うさま投げた。
 後頭部に命中した。グワン、という音がした。
「イーワーベー!?」
 卯月と熱くて低い舌戦を繰り広げていたセイシェルが、凶悪な形相で振り向いた。けれど子供なので、凄みも恐ろしさもない。
 イワベは、今度はセイシェルに向かって同じことを言った。
「あ? 俺はね、女連れって例外なく敵として見ちまうんスよ? 目の前でイチャイチャせんでくれませんかネェ? 俺がむかついて何か投げますよォ?」
「おめえの信念なんか知るかボケェ! その前にこのクソガキとなんか御免だッ!」
 セイシェルは今の金属片を投げ返した。
 イワベはその金属片をガインと叩き返した。
 セイシェルの顔面にガゴッと当たった。
「アハハハハ! だッさー!」
 それを見ていた卯月が笑い転げた。
「打ち返されて避けらんないで顔面直撃っ!? だっさー!」
「だまれこのコワッパがァァァ!」

「チービチビーィ!」
 卯月はセイシェルの両頬を、両手で引っ張っている。
「ふがぐぐぐ!」
 セイシェルは、卯月の短いボサボサ髪を、両手でわしづかみにして引っ張っている。
 お互い、思い切り引っ張られているので、涙目になっている。
 そんな力と力の均衡状態の中、ウヅキはたずねた。
「いいかげん答えろよ。何しに来たんだ? 卯月」
「フン。あんたに『虹の珠』見せようと思ってきたの。やんないけどね? 今度はもらったの! でっかいよお? 見ておどろけ?」
 ウヅキは、耳を疑った。
「……大きな、虹の珠?」
「あいてて! 痛いぞこのチービチビ!」
「ガフガフーッ!」
「ちょっと、見せてくれ卯月」
 ウヅキは、手を差し出した。
 だが、戦況が、どうやらセイシェル優勢になったらしく、二人は再び動的な戦闘状態に陥ろうとしている。
「こんにゃろッ、チビー!」
「グギャァア! ウガー!」
「ンガー!」
 まるで動物だ。
「ああもう。話が進まない」
 ウヅキはセイシェルを卯月からはぎ取った。
「ギィャー!」
 部長は悲鳴を上げた。
 両頬を真っ赤に腫らして、縄張り争い中の猫のごとくフーフーと荒い息をしているセイシェルに、ウヅキは言った。
「部長。もしかすると、重要な証言が聞けるかも知れませんよ?」
「ちょっと待て! テメ、何、『僕、フツウに仕事してますよ?』みたいな顔して問いかけてるんだよ!? おいウンコォ! テメぇ、あのガキによる頬バサミ攻撃が最高潮の時に無慈悲にも遠慮なく引き離しやがって! 見ろよ俺の頬っぺをっ、今ァ完全に倒壊現場だぜ! 可愛いほっぺが台無し! 劇症耳下腺炎みたいになってるだろがァ? この野郎、責任取れやこらァ? 晩メシおごれやゴラァ? 泣くぞこらァアアアン! アーン!」
「部長、落ち着いて話を聞いてください」
「てめ、そもそもウンコのくせに生意気なんだよォ? いいから故郷の便所に戻ってろよ!? 用があれば呼ぶからさァ。いや、俺から行くかなぁ? 便所に用だからなァ」
「……」
 ウヅキは不機嫌な顔になると、部長の右ほっぺたをつまんで小刻みにひっぱった。
「部・長・き・い・て・く・だ・さ・い」
「ぎゃっギャッぎゃっギャッぎゃ!」
 セイシェルの瞳から涙が盛大に落ちた。
 今の今まで卯月に攻撃を受けていた場所だ。痛いだろうことは、想像に難くない。
「うぇぇぇーん」
 子供の小さな口からから、細い泣き声がもれた。
「お前、お前よぉ? 俺、子供だぜ? ひでえよぉ、オイ」
 ウヅキは、それを完全に無視して、話した。
「少女大量誘拐事件について、重要証言が聞けるかもしれない、と言ったんです」
 セイシェルは泣き顔をゆがめた。
「何ィ?」
「何ぃ? 少女大量、ナニ? 楽しそうな事件の香りィ! 俺たちも仲間に入れてよぉ? おーう?」
 案の定、いざこざが大好きな機動部の連中が首を突っ込んできた。
 ヤマグチが当たり前のような顔をして、卯月とウヅキとセイシェルの会話に割り込む。
「やりがいあるヤマじゃねーの」
 セイシェルが、こまっしゃくれた生意気笑顔で応じた。
「ふふん。聞こえたか? そうさ。今からお前ら筋肉バァカどもにも、協力要請文書もとい、『お前ら俺の奴隷に決定命令』をしたためてた所なンだよ」
 イワベが瞳孔の開いた目で嗤う。
「部長ちゃんよォ、鼻もぐぞォ?」
 七歳の子供は首を振った。
「待て待て。したためてたのはウンコなんだよ。ウンコがな」
「テメエっ! 失礼な文書だけでなくウンコまで同封しようとしてたのかァ!?」
 顔色を変えたヤマグチは、セイシェルをつまみ上げて天井に打ちつけようとした。
 ウンコとはうんこではないので、子供は慌てて弁明を試みる。
「いや違っ! ごめんごめん、いや誤解だから! ウンコってェのは……」
「誤解できるような素敵なウンコがこの世にあるもんかァァー! ウンコってのはおしなべてウンコだろうがッ! テメコラ歯ぁくいしばれえぇー!」
 懲罰執行部長は豪快に投げられて、天井に叩きつけられた。
 あえて表現するなら、ドゴツ、というような音が響いた。
「ハグッ!? 俺、生まれて初めてこんなとこに……」
 セイシェルは灰色の石天井に激突した瞬間、早口でそう言うと、再び床に落ちた。
 見ていた卯月は腹を抱えて笑い転げた。
「ひゃーはははははは! 壊れたあやつり人形みたーい!?」
 機動部の面々も爆笑している。
「ハハハハーー! みっともねー!」


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