北の荒野で、主はつぶやく。
「罰は、私が与える所ではない」
巫女は、うっとりと主を見上げる。
「はい。主上」
しばらくの不在の後に、ようやく我が手に戻った愛しい物に微笑みかけて、主は言った。
「どうも、『虹の珠』を手に入れてからこちら、ろくなことがないようだ」
取り返して捨ててくるか、と、星を見上げながらの独白に、巫女は表情を曇らせた。
「捨てるのは止してくださいませ。嫌な予感がします」
それまで、やんわりと身を添わせていた美しい黒髪の女は、下唇をかみ、主の首に手を回してすがった。
「もう遠くへ遣られるのは、嫌です」
自分の顎の下にある、黒く長い頭髪をすき、彼は首を傾げて、少し意地悪くわらう。
「命じられてもか?」
「主上の命令ならば、」
雪葉は、顔を上げた。芙蓉(フヨウ)が咲くような微笑があった。
「よろこんで」
静かだが密度の濃い陶酔の言葉には、続きがあった。
「でも、お恨み申し上げます」
「雪葉」
北の賢者インテリジェは、愛しい巫女を抱きしめる。
「どこへも遣るものか」
「主上……」
北の星空の下で、二人は溶け合うように抱擁を交わした。
巫女の柔らかな背に指を滑らせて、賢者は尋ねる。
「ところで、無粋なことを聞くが、」
「なんなりと」
インテリジェは、斜め上の星を眺め、そして雪葉の耳に唇を寄せると、たずねた。
「魚は、どうした?」
「あら」
黒目がちの美しい女性は、頬を赤らめた。
「忘れてきました。あれこそ、捨てる物なのに」
どうしましょう、と、巫女はさらに頬を紅くした。
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