万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


32

「ウヅキ?」
 今まで恐がってウヅキにしがみついていた卯月が、ぱっと顔を上げた。
「後ろの人たちってさぁ。……あの、」
 彼ら、つまり、賢者と巫女に、少女は興味を示した。
 しかし、今度は逆にウヅキが渋る。
「見ないほうがいいぞ。色んな意味で」
「でもさぁ」
 卯月は、二マリと笑った。
「なんか面白げな話。それに、聞いたことある声だし?」
「はあ?」
 ウヅキは、卯月がそんなふうに笑えるということが信じられなかった。
 どこがどう面白いんだ? できれば自分は、このいたたまれない場から逃げ出したいとすら思っているのに。
「へへへー。ちょっと見てみよーっと」
 卯月は、青年の手から離れると、背後を振り返った。
 そこで、ウヅキは、今まで自分が目の前のお二方と同じことをしていることに気付いた。つまり抱擁を交わしていたことに。そして、げんなりした。勘弁してくれと思った。いや、彼らとは意味合いが違う、そもそも卯月は恋愛の対象ではないし、と、ささやかばかりの抗弁も内心でしてみる。
「あーっ!」
 そこに、いきなり、甲高い驚きの声が上がった。
 何事かと思い、ウヅキは、声の発し主のほうを見てみた。
「あんたあの時のーっ!? あれっ? いや、この人、大人だな? いや、やっぱ違う? でも似てるし?」
 卯月は、雪葉を指差してあわてている。そのまま、なにやら混乱し始めた。
 一方の雪葉はインテリジェから手を離すと、彼の腕の中で振り向いてふわりと笑った。
「……卯月。また会えたわね」
 卯月は、そう応じられて、ますます首をひねった。
「あれ? あれっ? 同じ人なの? でも、あんたってさぁ、もっとさ、小さくなかった? もっと子どもだったのに?」
 雪葉は首をそっと傾げて、またふわりと笑って見せた。
「雪葉」
 与えられた言葉に、卯月が妙な顔をした。なんのことだかわからないようだ。
「え?」
 雪葉はもう一度、今度は丁寧に言い加える。
「私の名前は、雪葉、というの。そう呼んで」
「ユキハ」
「いいえ。雪葉。卯月とウヅキが違うように。ユキハではないの。私の名前は」
「……ユ、キ? 雪?」
 卯月は、二、三度、首をかしげかしげしながら、口中で練習した後、言ってみた。
「えと、雪、葉?」
 雪葉は、にっこり笑ってうなずいた。
「そう」
 ふと、雪葉は表情を改めて瞬いた。
「虹の珠はどうしたの? ない」
「あぁー。あれ、」
 卯月は眉をひそめて不愉快そうな顔になり、低いひねた声で返事をした。
「取られた! あんた、あ、違う、雪葉からもらったのに、取られた!」
「取られた? 誰に?」
 巫女にうながされて、卯月はさっと後ろを振り返った。
 少女の座った目と、青年の戸惑ったそれがぶつかる。
 ウヅキは、卯月が巫女に無礼な口をきくのに呆れていた。また、それに対して雪葉が気を悪くしないことに驚いた。
 卯月は、ウヅキを指差した。
「こいつだよ! ウヅキが取った!」
「取ってない!」
 懲罰執行部の青年は反射的に叫んだ。
「お前が盗んだというから、証拠として保管してあるだけだ!」
「あたし盗ってないもんッ!」
「嘘をつけ! 確かに機動部で自慢していたじゃないか!?」
「あれはぁ! 違ーうッ!」
 さっきまでのおびえた様子はどこへやら、卯月は勢い込んでまくしたてる。
「虹の珠はもらったったらもらったんだ! 盗ったなんて一ッ言も言ってないッ! ウヅキお前、何聞いてたんだよッ!? バカじゃねーの!? 耳ィちゃんとついてんのかよ!? 最ぁぃ低ー!」
 今の今まで、人にしがみついてぴいぴい泣いていたくせに。ウヅキはそう思ってむっとした。
「お前な、」
 言いかけたところで、女性の声が楚々と制した。
「待って。……あげたの」
「え?」
 ウヅキは、鶴の声のようなまろやかな高音の美声に、ドキリとした。
 見ると、雪葉が青年を見つめて、嫣然と微笑んでいた。
「あなたが、ウヅキ?」
 主の腕の中から、彼の名を呼んだ。
「はい」
 返事をして、巫女を見つめ返す。彼女の背後にいる賢者が、心なし苦笑してこちらを見ていることにも気付いた。
 そして知る。……自分が、赤面していることに。
 惹かれている。ウヅキは、床で平身低頭して泣いてわび続けている元上司と、自分の内心が同じことに気付いた。セイシェルのように、本人の姿を捻じ曲げて捉えようとは思わないが。惹かれることはたしかだった。姿というよりも、その美しい声や、雰囲気に。暗い雪雲から降りてくる粉雪がまとう、泣きたくなるような儚い情緒を、その声は含んでいた。
 雪葉は、深雪に細雪が降り落ちるようにそっと微笑んだ。
「初めまして。ウヅキ。卯月が言ったことは本当。私は、卯月に『虹の珠』をあげた」
 そこで、黒髪の巫女は、少し首を傾げた。柔らかな紫色の衣の肩の部分が、落ちかかって揺れる髪によってしわを作り変える。
「ね、聞いている?」
 ウヅキは惚けてしまって……聞いていなかった。でも、言われた内容は想像がついた。
「卯月は、盗ってはいなかったんですね」
「そう」
 雪葉は、こんどは卯月を見る。
「返して欲しい?」
「欲しい!」
 女性の問いかけに、少女は間髪いれずに、ぱっと答えた。
 雪葉はうなずくと、物言わずに、ウヅキを見つめて微笑んだ。
 後頭部がくらくらする感覚に、ウヅキは少し首を振ってから答えた。
「返します」
 足元がふらつかないだろうかと、少し心配しながら、ウヅキは虹の珠を取りに行く。卯月の持っていた宝石類は、まだ、留置所の入り口にある、被疑者の持ち物を一時保管する部屋に置いてある。
 これはいわゆる一目ぼれなのだろうか? と、思いつつ。


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