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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


40

 やおら、セイシェルは立ち上がった。
 すらりと。
「アハーン! きれいな蝶ーお待ちどーおン! ハァイ、ウヅキ。元気にしてたッぁーん!?」
 やたらに色気を振りまく金髪美女が、黒い制服をむっちり着こなして立っていた。
「ああん、きっつーい! だからこの制服って、イヤなのよねぇん! うん、もう!」
 上着のボタンを、ぶちぶちっと、上から3つ目までちぎった。
 真っ白な豊胸の渓谷が、ぎりぎりまで気前良くボーンと突き出した。
 ちなみに、腰は、ギュっとくびれている。
 おまけに、お尻は、バァンと張っている。
 そして、上着しか着ていない。
「セイシェルさん、……ズボン、どうしました?」
 聞きたくなさそうに、でも、部下としての義務感にかられて、ウヅキはそうたずねた。
「やだ、ズボンだなんて!? あんなものアタシには不・必・要ン! ウヅキくんったらーん。アタシの美脚、付け根からツマサキまで、見たくないのォーん?」
 ほぉらぁ、と、白い脚線を、持ち上げて見せる。
「……」
 ウヅキは、げんなりと言葉を無くす。渋い顔をして、顔をうつむけた。決して、刺激的な女性の官能美にくらくらしているのではない。あきれ果てているのだった。
「それでよく生活安全部長が務まりますね?」
「イヤだわーン? アタシの部下タチ、みいんなアタシのと・り・こ、よん! んもう、理想の上司よン!」
「うわー、うわー、うわー、お色気姉ちゃんだ……」
 卯月は、ぽかんと、セイシェルを見ていた。
 机に置かれていた、機動部からもらった山積のお菓子が、均衡を崩してぼとぼと床に落ちていく。
 視線を感じたセイシェルが、卯月にまで色香を振り撒き腰を振る。
「ウフーン? そうよん? アタシがお色気美女、セイシェル生活安全部長よーん? どうお? 卯月ちゃあん? このおっぱいがうらやましーいィ?」
「へ!? あ、うんっ! うんっ! すっげーおっぱいだなそれ!?」
 卯月は無邪気にうなずいた。
「アハン! 素直な子ってダイスキよン! アタシみたいになりたかったら、毎日桶(おけ)一杯の牛の乳飲めば、なれるわよーん?」
「牛の乳か!? ああ! 牛って乳がでーっっかいからかー!?」
「ウフーン! その通りよーん!」
「へー! へー! ぜってー飲む!」
 ひどく感心した卯月は、自分の着ている衣服の襟(えり)をぐいっとつかんで伸ばし、「中」を見た。
「へーでっかくなんのかー!」
 隣に座っているウヅキが、ぎょっとして顔を背けた。
 セイシェルはそんな青年を見て残忍な笑いを一瞬だけ浮かべた。それはまるで鬼婆のようだった。次に急きょ「親切なお姉さん」の笑顔をこしらえると、卯月に言った。
「よーしッ、セイシェルお姉さんが、卯月ちゃんのおっぱいもんであげよっかぁ? 大きくなるわよぉん? アタシが、大きくなるマデご奉仕してあげるわよぉんッ!」
「えッ!? それ本当かッ!」
 卯月は、瞳をきらきらと輝かせた。
 顔色を変えたのは、ウヅキだった。
「何言ってるんですか部長! 止めてください! あなたの中身は男でしょう!? 卯月っ、いいか返事したら駄目だぞ!」
「えぇーッ! でも、大きくなるんだったら、もんでもらいたい!」
「そうよねっえーん? やっぱりおーっぱいは大ーっきい方が、いいわよねッえーん! アタシみたいにッ!」
 セイシェル部長は、自分の豊かな乳を両手でゆっさと持ち上げる。
 それを見る卯月の顔は、憧れに満ち満ちていた。
「うわすっげー! うんっ! うんっ! そうだよなー!」
「じゃあ卯月ちゃん、いらっしゃあーい! お姉サマが、卯月ちゃんのおっぱい大きくして、あ・げ・るン!」
「うわーいっ!」
 おいでと言われた子犬のように、卯月が喜び勇んでそちらへ行こうとする。
「駄目だって!」
 ウヅキが、必死で卯月の上着を引っ張って、いかせまいとする。
「行ったら駄目! 取り返しのつかないことになるから!」
「離せよぉウヅキ! おっぱい大きくなりたいんだよぉ!」
 自分たちはどうしてこんな馬鹿な会話をしているのだろうかそんな暇ないはずなのに、と思いながらも、ウヅキは生真面目に返事をした。
「駄目だ! 卯月お前もっと自分を大事にしろよ!」
「もー! いいだろどうだって! お前になんか言われるおぼえないぞ!? これあたしのおっぱいだぞ! お前んじゃないんだぞー!?」
「う」
 ウヅキの顔が真っ赤になった。卯月は単に事実を言っただけだが。しかしそれは、色めいた意味にも受け取れるのだった。
「そうだけどっ! そういうことでなくって!」
 セイシェル部長が、青年のウブな反応をしっかりと目に入れると、にいやりと笑った。
「あっらーぁん? ウヅキくーぅん? なぁに誤解してるのよン? うん? あ、わッかったー! 『自分が』もんであげたいとか!? いっやーん、エッチーィ! エッチッチ!」
「あなたと一緒にしないでください! あなたが男だから行くなって言ってるんです!」
「ヤダますます真っ赤っ赤ーん! かっわいいーん! もろバレバレよーん!?」
「違います!」
 官能美女が、うふふんと笑った。身をよじって。同時に、豊かな胸がぷるんと揺れる。制服からあふれ出しそうに。これみよがしの色っぽさが、ニセモノ臭い。
「すっげー! ぷーるぷるー!」
 しかしながら、卯月はとびきり貴重な宝でも見つけたかのように、セイシェルの胸に見入っている。
 そんな観客の熱烈な視線に、セイシェルは気持ちよさげに身をくねらせた。脚まで上げてみせる。赤紫色の下着が丸見えになった。
「あっはーん! ほおら、ぷっるぷるよーん?」
「いいなー! ぷるぷるおっぱーい!」
「いいでしょーん? あはーん!」
 それを、ウヅキは冷たい目で見ている。阿呆じゃないだろうかと思いつつ。
 視線に気付いたセイシェルが、さらに身をくねらせた。
「ああん、ウヅキが疲れてるん! アタシに呆れてるのネ! よおしっ! アタシが行動を起こすのは今ねッ! さささ、卯月ちゃあん、こっちにいらっしゃーい! もんだげるわよーん!」
「わーいっ!」
「っ!? 駄目!」


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