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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


42

「よかった。丁度いい」
 ミマが着ていた制服を借りた雪葉は、そう言って微笑むと、くるりと回って見せた。
「似合う?」
 問われて、ミマは眉をひそめる。
「似合いますとも。ね、どうして、そんなに嬉しそうなの?」
「いけない?」
「おかしいわよ。私があなたの立場なら、嫌にきまってる」
 雪葉は、微笑んだ。
「おかしくないわ? 私があなたの立場なら、嬉しいにきまってる。だから、私は嬉しいの」
「あきれた」
 ミマは、肩をすくめた。
「他人が喜ぶのが嬉しいの? あなた自身が苦痛でも?」
「苦痛?」
 雪葉は笑う。
「あなたが喜ぶのが嬉しいから、私は苦痛じゃないわ?」
「話にならないわね」
 そう言って、ミマはその会話を打ち切った。しかし、不快な様子では決してなかった。
 ためらいながら、少女は次の言葉を口にした。
「父さんが、……もう帰ってくると思うわ?」
 雪葉はあっさりとうなずいた。
「そう。私は姉さんの部屋にいればいい?」
「そう、ね」
 ミマはうつむいた。口にしようかすまいか、しばらく迷った後、思いきって顔を上げた。
「本当に嫌じゃないの? あたしだったら嫌よ!」
 巫女は、深くうなずいた。
「私は嫌じゃないわ? あなたが嫌がるのは当たり前のこと。だってあなたは家族でしょう? 家族がこれを喜んでいてはいけないわ?」
「……他人だから、してくれるの?」
「いいえ違う」
「じゃあ、どうして?」
 雪葉は「もう行かないと」と言って少し微笑み、ひどく困惑しているミマの頬を、右手でふわりとなでた。
「あなたがたの祈りが聞こえてきたから。私は小鳥。主の遣い」
 ミマは激しく首を振った。
「祈ってなんかないわ! 祈ったことなんて無い!」
 雪葉は消えた。「祈らないことが、あなたがたの祈りだから」という言葉を残して。

 そして、独り、自分の部屋に残った少女は、苦い顔でつぶやいた。
「わけがわからないわ。祈ったことなんて無いのに。なのに助けてくれるの?」

「わからなくて当然。あなたがたは、当事者だから」
 雪葉は空間に溶けて微笑む。
「主上、」
 ここにはいない、愛しい主に、ささやいた。
「いってまいります」


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