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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


51

「……見ない方がいいよ。みんな外に出て」
 おそらくこの場で、まともな感覚を持った大人は自分だけだろうと思い、ウヅキは、部屋の隅にいる少女たちに呼びかけた。
「私たちは公安の者だ。誘拐された君たちを助けに来たんだ」
 言いながら、背後をちらりと見る。
 寝台の上で、嬉々として部長代理を苛めるセイシェル部長。その周りに群がって「部長! 頑張って、部長!」などと声援しつつ陶酔している彼女の部下たち。氷のように怒っている北の賢者。
 誰が、この可哀想な少女たちに配慮するものか。
 私しかいないじゃないか。
 ウヅキは、内心で肩をすくめつつ、少女たちに言い続ける。
「さ、出て行って。屋敷の外には、生活安全部のおじさんたちが、君たちを保護するために待っているから」
「はあ!?」
 少女たちは、すっとんきょうな声を上げた。
「どうして、助けられなきゃならないんですか?」
「え?」
 ウヅキは、その反応が理解できなかった。
「どうして、そんなこと言うの? 彼に誘拐されていたんだろう?」
 問われて、少女たちはそれぞれに見詰め合ってうなずくと、言った。
「私たち、誘拐されてなんかいませんよ?」
「は?」

「つまり、ミマさんの自宅へ泊まりに、招待されただけ?」
 ウヅキは、少女たちの言い分を聞いて、そう確認した。
 少女たちは、みんなして強くうなずいた。
「はい!」
「そうです!」
「それだけですよ? だってミマとはお友達ですよ? この三日間、『青いつぼみの会』の研修もかねて、泊まっていたんです」
「え……」  ウヅキは、しばし言葉を失った。
「……ちょっと待って? 本当に?」
「はい」
「脅迫状も、公安に届いたんだよ? あなたがたの保護者は、それで心配して……」
 言った後で、ウヅキは、「ああ、脅迫状のことを被害者に聞いたって無駄か。被害者が知るはずないんだし」と気付いた。自分はどうにも混乱して、わけがわからなくなっているようだ。
 少女たちは首を傾げる。
「でも、誘拐されてないしねぇ?」
「うそ、あたし母さんにちゃんと話したよ? ミマの家に泊まるって。あ、もう、母さん忘れてるのね! 駄目じゃん母!」
「げ、あんたの母さん本気で駄目じゃん。うちは知ってるよ? だってミマの母さんつながりで連絡行ってたはずだし! 母さん同士、同じ会にいるんだから!」
「それよりも!」
 少女たちの顔は、きょとんとしたものから、怒りに変わった。
「聞いてくださいよ! ミマのお父さんが気持ち悪いんです! みんなで楽しくお泊りしてる所に入ってきて……。ねえ、さっきのあれ、見てたでしょう!? 見てましたよね? オジサン!」
「……」
 オジサン、と言われて、まだ二十歳そこそこのウヅキは少なからず傷ついた。まあ、よく、「二十代とは思えないほど落ち着いてる」との評はいただくのだが。
「ミマ! 何とか言ってやってよ! このオジサンに!」
 少女たちにうながされて、この屋敷の娘のミマが、ウヅキの前に押し出された。
「あの、私……」
 ミマは恥ずかしそうに顔をうつむけると、両手で顔を覆った。
「私、お父さんに、誕生日プレゼントの蒼いペンを渡そうと思って、ついでに、お友達が泊まりに来ていることも教えておこうって思って、この部屋に案内したんです。そしたら、」
 わああっ、と、ミマはこらえきれずに声を上げて泣き出した。
「そしたら、急に、私の大切なお友達に変なことし始めて……、お、お父さんが、お父さんがこんな人だったなんてっ!」
 そんな彼女を、友人たちがはげましたりなぐさめたりする。
「ミマっ!」
「ミマ! しっかりして!」
「可哀想なミマ! ひどいわよね!」
 ウヅキは、その光景を見ながら、一生懸命に、今回のことを整理しようとした。
 つまり。
 少女達がいなくなったのは、単に、「ミマの屋敷に招待されただけ」ということ。誘拐ではなかったということ。
 脅迫状は、まったくのいたずらで、今回の件とはまるで無関係。
 背後で、展開されている捕り物劇は、誘拐とは別の、単なる「変質者の逮捕」。
「……なんだ。そうだったのか」
 ウヅキは、脱力した。


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