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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


52

「何の騒ぎですか?」
 そこに、この屋敷の夫人が入ってきた。息子らしき青年を伴って。
「どうかしたのですか? 主人の仕事場の方たちが、こんなに大勢で」
 青年も、いぶかしげな表情で、沢山の公安の男たちと、一人の北の賢者を見た。
「あのう、公安の方々が、一体何の御用でしょうか?」
 夫人の顔も、青年の顔も、ウヅキは良く知っている。社会福祉の運動をしている夫人。公的な福祉事業所に勤めている青年。二人とも、公安とのつながりが深い。
「ああ、すみません」
 ウヅキは、二人に一礼し、ことの次第を語った。残りのものは全員、いまだに寝台に注目している。

「うちの主人が、ミマのお友達にみだらな行為を働いた、ということですか?」
 夫人は、表情を曇らせて、言った。
 ウヅキは、夫人の精神的衝撃は相当だろうと、気の毒に思いながら、うなずいた。
「そうです。信じられないでしょうが」
 なにせ、彼女は福祉の専門家。彼女の夫は、「生活安全部長代理」である。そのような犯罪を取り締まるべき人間なのだから。
 夫人と息子は、お互いの顔を見合わせ、苦い顔をして、しばしの逡巡の後に、口を開いた。
「……良い機会、かもしれません」
「何がでしょうか?」
 ウヅキが促すと、夫人は、重い表情で口を開いた。
「私と、夫の職業からすると、……あってはならないことなのですが」

 部長は色気でできている女の脚をにゅうっと出すや、部長代理の首に巻きつけて締めつける。
「ウフン。部長代理ンは、オトナのオンナは、お・い・やなんでしょう? アハァーン? ほォら、すごく気持ち悪いんじゃなくてェ? フツウのオトコはコレやると、お悦びなのにィ!」
「や、やめろォっ! ヒ、ヒャー!」
 男は、裏返った高音の悲鳴を上げる。
「さわるなァーっ! 女は私にさわるなっ! いやだっ! いやだーッ! 汚れるッ! 汚れるーッ!」
「アハハハハ!」
 セイシェルは、腹を抱えて嗤う。
「オトナのオンナでアナタの上司! あたしの存在はあなたにとって、『嫌いなもの勢ぞろい』って感じィー? この変質者ッ!」
「部長! 素敵です!」
 周囲の部下たちが、声援を送る。
「ありがとう! アタシが頑張ってお色気攻撃で、このクッソ部長代理ンをシメるからねッ!」
「お願いしますッ!」
「いけすかなかったんです! 五時まで男だしッ! 現場に出ないモヤシ野郎だしッ!」
「でもそういや、女子中学校への講演会の時は妙に張り切ってたな……」
「アッハーン! わかったわよーん! みんなのウ・ラ・ミ、アタシが、晴らしたげるン! っていうか、」
 セイシェルは言葉を切る。
 ニタリ、と、残酷に嗤った。
「カワイイ懲罰執行部長の時に、アタシを苛めてくれたお礼よーん! 思い知りなさーイ!」

「主人は長女のサヨに、6歳の時から今までずっと、……性的な虐待を重ねてきたのです」
「え?」
 ウヅキは、耳を疑った。
「待ってください。部長代理の娘さんは、ミマさん一人ではなかったのですか?」
 公安で、彼は、「『一人娘』をそれは大事にしている子煩悩」という噂と共にあった。彼が定時に帰るのは、一人娘と一緒に夕食を食べるため、だという。
「いいえ」
 夫人は、首を振る。
「いいえ。恥ずべき話ですが。出生届も出していない『長女』が、おりますの」


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