柏陽と白柳の一人娘が塗籠の中に帰されたのは、一昨日のこと。
主の館に遣ってから、5年が経っていた。
引き戸一つ以外に、外部とのつながりが無いその暗い黒い部屋に、娘は出て行った時と変わらぬ姿で、いた。人のままで。
神隠しにあった。
北の賢者は雪葉を隠した。5年の間。
帰されたのは、一昨日のこと。
前触れ無く、塗籠の中に。
累機衆たる柏陽の時間も、新殻衛兵たる白柳のそれも、主と同じように流れていくもの。ゆえに、二つにとってそれは人の5年とは全く異なる感覚でもって、迎え入れられる。長いとも短いとも感じられぬ、ただ5年。
雪葉だけが人。
15の年のまま時を止められ、紫の世界で5年を過ごし、少女から乙女になり女になって、やがて、しかし、変わらぬ姿で戻された。
「雪葉は?」
仕事を終えて家に戻った白柳の問いに、柏陽は静かに答えた。
「まだ塗籠の中に」
白柳の瞳が曇った。
「そうか」
低く吐く息と共に「ならば待とう」と、つぶやいた。
光の無い部屋に、艶麗な女がいた。
身も心も神に愛された人間が。
漆塗りの床に膝を折って座り込み、両手で顔を覆い、漆黒の髪を夜の川のように床に流して。
「……っ、……っ、」
泣いていた。
身も世もなく。
雪葉が何度願っても、賢者は娘を己の物にしようとしなかった。
己が世界にさらって隠し、少女が大人に成るまで愛し愛しんで。けれど雪葉が何度乞うても、聞き入れずに。
愛だけを与えて、愛だけ交わして、雪葉を大人にして、そして人の世に帰した。
雪葉は泣く。濡れて震える声で届かぬ恨み言を口にしながら。
「そのまま終わりにしてくださればよかったのに、」
雪葉が無くなることなど、私には耐えられない。願うたびに、インテリジェはそう言って拒んだ。
「衆にも兵にもなりましたのに、」
そのどちらにもしたくはない。乞うたびに、インテリジェはそう言って言葉を切った。
「貴方の側にずっといたかったのに、」
私もだ、雪葉。欲するたびに、インテリジェはそう言って……。
「―――っ、」
雪葉は泣く。
「インテリジェ様、」
帰して欲しくなかった。
貴方の世界にいたかった。
私が終わるまで、そこに隠していて欲しかった。
「インテリジェ様、」
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