「僕なんか、生きていても何にもならない……」
歩く少年は、沈思の森が寄越す種々の感情にも反応することなく、無力感にさいなまれていた。
「父さん、母さん、ティカ、明理沙……。僕には、なんにもできなかった」
ごめんよ、明理沙。
こんなに僕が無力だとわかっていたのなら、あの時、勇気を振り絞って「好きなんだ」と言っておくべきだった。
でも、もう遅い。
「全部、もう、取り返しがつかないんだ」
世界は救われたけど。
僕は救われないままだ。
僕は駄目だ。
駄目なんだ。
カイの目から涙がしみだした。
「どうして、僕は生きているんだろう……」
重いけれど力無いため息が、地面に落ちてしみこむ。
「ユエと一緒に、消えて、無くなった方が……よかったな……」
と、その時、
「ギャー!」
「グワー!」
二つの黒い小さな影が鳴きながら飛んできて、両肩に止まった。
「うわあッ!?」
驚いて尻餅をつくが、二羽のカラスは離れなかった。
「ギャーギャーギャー!」
「グワーグワーグワー!」
それぞれに散々鳴きわめく。
「ど、どうしたんだよ!? カキ、シナ!?」
いつもは、声無く言葉を伝えられるカラスたち。それが、まるで普通の鳥のように鳴く。
何を言っているのか、わからないのだ。
……まさか、
悪い予感に、カイの胸が冷たくなった。
僕には、この二羽の言葉さえ、わからなくなってしまったんじゃないか? 生まれた時からそばにいた、カキとシナの言葉さえ。
「そんなぁ……」
両方の目から、とめどなく涙があふれて落ちた。
「僕は、もう本当に駄目なんだ。お前たちの声が聞こえないよ!」
すると、二羽のカラスは、少年の肩を足で掴んだまま羽ばたき始めた。
カイの身体が宙に浮かぶ。
「うわわわ! カキ!? シナ!?」
「うーわー!」
少年は、二羽のカラスに肩を捕まえられて空を飛んだ。
「グワーグワー!」
「ギャーギャー!」
黒い翼たちは騒々しく鳴きながら、目指す場所へと羽ばたき続ける。
「どこに連れてくんだよー!?」
尋ねても、今や二羽の言葉がわからなくなっている少年に、答えは得られなかった。
と、
カイの前方から「おーや! カイじゃないか!」と、高くよく響く声が聞こえてきた。
「……へ?」
高所の冷たい風に目をしばたかせながら見ると、向こうからルイルが飛んできた。
眼下には、まだ沈思の森が広がっている。
きっと、彼女は火竜を捕まえに来たのだろう。
「カーイッ!」
ホウキにまたがったルイルは、少年の眼前で急停止してびっくりさせたのも気付かず、一方的に話しかけてきた。
「ねえ、カイ! カラスで飛んだりして、どうしたんだい? そうだ、リディアスは起きてないだろうね? そうだそうだ、王位継承の話はどうなったんだい? え? え?」
「あの、えっと、その」
あれやこれやと聞かれるので、カイは面食らった。
「さあさ答えておくれよ! 王は誰だい誰なんだい? 私かい? 私だよね? 私だと言っとくれよ!」
「……あ、」
そうだった。
そういえば、ルイルと最後に会ったのは、明理沙を連れて「王位継承者探し」をしていた時だった。
ルイルを、「継承者の一人」だと、言っていたのだった。
「あの、ルイル、」
でも、あれは、……嘘で。
嘘で、明理沙を、引きずり回して、
……みんなをだました、のだ。
顔をこわばらせた少年に、ルイルは気付かない。
「どうしたんだいカイ? さあさあさあ、答えなよ? 王は誰だい?」
「……あの、」
僕は、
僕は、
みんなをだまして、
なんにもできなくて、
明理沙に迷惑掛けて、
もう、何やってるんだろう。
なんだよ、
ぼくなんか、
居ない方が、いいじゃないか。
「ごめんよ。ルイル……次の王は決まってたんだ。金糸の君に」
カイの目から、涙がぼろぼろと落ち始めた。
「なんだい、カイ? なんで泣くんだい!?」
いきなりの涙に、さすがのルイルも驚いた。
「何かあったのかい? 別に、いいんだよ。王なんか! 面倒くさいだけだものねえ。いいんだよ。あんなもん、リディアスに押し付けときゃあね!」
「ごめんよ……もう、僕なんか、居ない方がいいんだよ。僕は何もできないくせに、変なことばっかりするんだ……」
「はあっ? 何を言ってるんだい?」
今度は、ルイルが面食らう番だった。
「僕なんか……僕なんか、」
カイは、自己嫌悪で死にそうだった。
「カイ? どうしたんだよう?」
ルイルには、カイの気持ちがさっぱりわからない。
「なんか、全然わからないけどねえ? 居なくなりたいのかい?」
「……うん……」
消え入りそうな少年の言葉に、ルイルは、ちょっと口をつぐむと、おおきくうなずいた。
「よっしゃ! わかったよ! 居なくなりたい、ね! このルイルが、あんたの願いを叶えようじゃあないか! 居なくならせてやろうじゃないか!」
「……え?」
威勢の良い請け負いに、少年は、自分の気持ちが、予想もしない方向に受け取られているのではないかと、不安になってきた。
「? あの、ルイル、何をする気なの?」
おろおろと聞くカイに、薬創りと唄うたいが得意な魔法使いは、「まかせときなよ!」と、大声で答えた。
「あんたが楽に入れるような大きい鍋を作って、その中に、何でもドロドロに溶かす薬を入れてぐらぐら沸かしてやる。煮えたぎって熱うい薬湯の中に、あんたをポーンと放り込めば……ウッフッフ、あんたは見事に苦しみつつ煮殺されて、この世のどこにも居なくなるよ!」
「ひい!」
カイが、凍りついた。
居なくなりたいとは言ったが、……そんなのは、お断りだ!
「フフフフフ」
それまで威勢良く笑っていたルイルの顔に、影がさした。
「フフフフ、我ながら、いい考えだねぇ……フッフッフ」
本気だ。
「うわあ断るよ! 僕、本気で居なくなりたい訳じゃないんだ! カカカカカキ、シシ、シナ! どこでもいいから、僕を連れてってぇ!」
必死で叫び、「早く! 早くーッ!」とカラスを急かした。
「ええー。せっかく手伝ってやろうと思ったのに?」
残念そうなルイルに「気持ちだけ、いただいとくよ!」と言って、カイは急ぎ飛び去った。
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