女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



112 女王陛下の届け物

「ティカが元気になったのは、すごくいいことだと思うよ」
 水音響く中で、カイは、ゆっくりと言った。
「髪の毛も目も真っ黒になっちゃったけど。でも、ティカが元気だったら、僕はそれでいいんだ」
 そして身震いした。
「は、は、はっくしょい! 寒いよう」
 その姿を気の毒そうに見て、シルディは言った。
「カイ、さ、降りてから話をしましょう。助けてあげるわ」
「いつもありがとう、シルディ。ううッ……」
 むせび泣く少年の頭に、シルバースターは「泣かないで、」声を掛けて、なでた。
「困った女王陛下ねえ。お兄様なのに」
 王宮にある、大きな池の中央。
 噴水台の上に、少年は転移させられていた。彼女にとっては軽いおふざけだが、魔法が使えない少年にとっては大変なことだった。
 池では、これまた魔法で呼び出された大蛇がうねくっている。少年を池から出さないように。
「いたずらが過ぎるわ。僭越ながら、私がお叱り申し上げようかしら。そろそろ」
 ずぶぬれの少年を憐れんで、シルディは、自分を抱えて浮いている主を見上げた。
「どう思う? リディアス」
「君の好きにすればいい」
「そうよね。あなただって、ティカには頭が上がらないものね。ちいさな女王陛下は、お強くていらっしゃるわ」
 肩をすくめるシルディを見て、金糸の君は決まり悪く咳払いをした。
「誰にでも苦手なものはある」
「ええよくわかります。さて。あんまりのんきに話していると、カイが風邪をひいてしまう。リディアス、お願い、カイを助けてちょうだい」
 少年に、青年の手が差し伸べられた。
「……すみませんいつもいつも」
 おずおずと取りすがる少年に、金糸の君は無表情で首を振った。
「謝るべきは、君ではなく妹君だ」
「ほんとにそうですよね。いつもうちの妹が迷惑ばかり掛けてすみません。言っても聞いてくれなくて」
「謝るなと言っている。君がどうこうできるような相手では無いだろう」
 聞き様によっては優しい言葉に、カイは感激して涙ぐんだ。
「……ううッ……」
「兄さん。私が言ったこと、もう忘れたの?」
 居丈高な声が降ってきた。
「ひッ!」
 カイが悲鳴を漏らした。
 上空に、漆黒の瞳と髪のティカが、にやにや笑いながら立っていた。両腕で紙の束を抱えている。
「へなちょこで情けない本性は取り繕って、『外面だけでもしっかり強くたくましく生きる』って、約束したでしょ? 駄目じゃないの。早速へなちょこになって!」
「ティカ、」
 シルディが言葉を遮った。
「無茶を言わないの。いいじゃない。カイはカイよ。それでいいと思う」
「シルディ、甘やかしては駄目。私は、兄さんの根性を入れるために言ってるの! もっと、強くしっかりなってもらわないと!」
「誰も彼もあなたみたいに強くないのよ? カイはこれでいいんだと思う。そこはわかってちょうだい。ティカ」
 シルバースターは、主に、「ティカのところに連れて行って」と頼んだ。
 金糸の君は、内心を隠すことなく、思い切り眉を寄せた。
「気が進まない」
 シルディは苦笑した。世界一の魔法使いも、あの小さな女の子の前ではかたなしなのだ。
「はいはい。あなたの気持ちはよくわかりました。ティカ! こちらに降りてらっしゃい!」
「はーい」
 敬愛するお姉さんの言葉に素直に従って、女王陛下は地上に降り立った。
 小さな魔法使いの肩には、光輝の妖精が座っている。しかし、その特徴たる菜の花色の輝きは無かった。
「リキシア、わたしは……シルディに叱られるのかしら?」
 愛らしい少女は首を傾げ、左肩を見て質問すると、光らない小さな貴婦人も同じく首を傾げた。
「そうかもしれませんね。女王陛下」
「まあ。せっかく、兄さんが喜びそうなものを持ってきてあげたっていうのにね?」
「最近のティカは悪戯が過ぎるのも事実ですから。シルディに叱られておくのはいいことだと思いますよ。すっかりお元気になられたのは、喜ばしいことですけれど、ね?」
「はぁーい」
「では、私は主のもとへ帰ります。ごきげんよう」
 妖精は、飛び立った瞬間に、黄色い光を取り戻した。
「『あるじ』ねえ」
 それを見送る小さな女王は、ため息をつき、頬を膨らませた。
「はぁ……。私だって、リキシアが欲しいのに。リディアスは、ずるい!」

 池のほとりで、金糸の君はカイとシルディを降ろしてやった。
 二人は、向こうに立つ女王陛下のもとに向かう。
 彼自身は、そこへ行く気になれなかった。わがままで居丈高な女王とは、できるだけ距離をおいておきたい。
 入れ違いに、光の妖精が帰ってきた。
「おかえり。リキシア」
「あら」
 声を掛けると、貴婦人は少し目をみはってから苦笑した。
「あなたが挨拶で出迎えてくれるのは、どうも慣れないわね。いいことなのでしょうけれど」
「挨拶礼儀愛想と、女王陛下がこうるさいからな。いつしか癖になった」
「ふふ。でも。陛下の命令を聞くあなたは、嫌ではなさそうだわ?」
 金糸の君は、顔をしかめた。
「非常に嫌だが?」
 妖精は笑ってうなずく。
「そうね。でも、そうでないようにも見えるの。何故かしらね? 不思議だわ」
「君の目がおかしいのだ」
「あら。随分と沢山しゃべるようになったわねえ。以前だったら、ぷいとそっぽを向くに違いなかったのに?」
 からかい含みの言葉に、
「女王陛下が『言葉を使え』と、こうるさい。黙っていられない」
「ふふっ」
 ハニールリキシアは、おかしそうに笑う。
「そうですか? ところで、昨日、小さな女王陛下の教育係のお歴々が、礼儀作法その他もろもろ、淑女としてのたしなみを、微に入り細に入り長々と講義し差し上げていたところで、中途退散する手伝いをし申し上げたのは、一体どなた?」
「彼女に命じられたのだ」
「カミツレの花畑にお連れしたとか?」
「連れて行けと命じられた。言うことを聞かないと、うるさいからだ」
 そこまで言うと、リディアスは不機嫌に目を細めた。
「リキシア。どうしてそのことを知っている?」
 光輝の妖精はふんわり笑った。
「先ほど、女王陛下が嬉しそうに話してくださいました。花を摘んでもらったとか、薬草としての効能を聞いたとか」
「そうせよと命じられたからしたまでだ。私が自発的にしたことではない。陛下はそう言わなかったか?」
「言いましたとも。嬉しそうに、『命令してやったの!』とね?」
 可笑しくてたまらないらしく、笑い声交じりになっている。
「何を笑っている?」
「『ケンカするほど仲が良い』、という、異世界の言葉を思い出しているのです」
「違う。仲は悪い」
「ええ。そうでしょうとも」
「リディアスッ! こちらに来なさい!」
 女王陛下の命令が飛んできた。
「……」
 青年は眉をひそめた。
 菜の花色に輝く妖精はふんわり笑う。
「たしかに嫌そうね。でも、」
 貴婦人の笑みはおちゃめなものに変わる。
「『命令だから、行かなければならない』のでしょう?」
「そうだ。そうしないと、後がうるさい」
 ぶっきらぼうに言い切って歩き出す主の左肩に、輝くリキシアは笑ったままで座った。
 前方では、シルディに諭されている小さな女王が、下唇を噛んで、こちらをじっと見つめていた。

 たどり着くや否や、闇の女王は金糸の君に駆け寄って、彼の衣の裾をぎゅっと握り締めた。
「リディアス、遅いッ!」
「すぐにリディアスを頼るのだから」
 小さな女王の隣に、シルディが面白そうに笑いながら歩んできて、陛下をたしなめた。
「ほら。ティカはカイのことをどうこう言えませんよ。あなたも弱虫で泣き虫ではありませんか」
 シルバースターの前で、ティカは水色のそでで、目をごしごしとぬぐった。
「ううぅ……」
「シルディの言う通りだ」
 うなずく金糸の君を、ティカは睨み上げた。
「お黙りなさいッ! リディアスに小言を言われる覚えなんてないわ! 私を叱ってよいのはシルディだけです!」
「これ」
 シルディが、ティカの黒髪に、ぽんと手の平を乗せた。
「偉そうに命令しないの。あなたは女王陛下であらせられますけれども、それは勝手が許されるということではありませんよ?」
「う、」
 女王の瞳から涙がぼろぼろと溢れた。
「わーん! シルディが怒ったー!」
「泣くな。彼女は怒ってはいない」
「リディアス、偉そうに命令しないでッ!」
 たった今諭されたばかりなのに。つい、いつもどおり返してしまった。
 はっとした後に、ティカは、シルディの顔色をおそるおそる伺った。
「えっと。あの、シルディ、……あの、」
「なぁに?」
 シルバースターに促されるが、言葉に詰まり、少女は途方にくれて、リディアスを見上げた。
「……」
 金糸の君は不機嫌そうに目を細めたが、ティカの頭に手を乗せて裾に引き寄せた。
「ごめんなさい。うわーん、うわーん!」
 ちいさな魔法使いは金糸の君に取りすがると、安心して泣き出した。
 シルディは呆れて、「こまった甘えん坊さんだこと」と、眉を下げた。そうした後に、主を軽く睨んでみた。口の動きだけで「甘いんだから」と言うと、彼は決まり悪そうに目を背けた。
「仲良きことは美しきかな」
 光の貴婦人の言葉に、銀の星は肩をすくめて苦笑して、そうしてカイに微笑みかけた。
「さて、カイ。帰りましょうか? 風邪をひいてしまう」
「う、うん。……ふえっくしょい!」
 身震いする少年に、光の妖精が飛んできた。
「もうひいているみたいね」

「はいこれッ!」
 王宮で湯を浴び着替えた少年に、妹から紙の束が突きつけられた。
「……へ?」
 目を丸くする兄に、女王陛下はきりりと言いつける。
「兄様あてよ! リキシアが預かってきたの! さ、受け取りなさい!」
「は、はい」
 カイは、ティカが勢い良く押し付けたものを、首を傾げ傾げ手に取った。
「なんだいこれ?」
「さぁね? じゃ、私はこれで!」
 乱暴に手を振りながら、妹は駆け去っていった。
「読めばわかるんじゃないの?」
 遠く離れて女王は振り向き、明るくはっきりした声を届けた。
「……?」
 カイは紙束に目を落とした。
 一番上の紙に、表題らしきものが書かれていた。
「なにこれ」
 そして目を疑った。
「『カイ宛 アリサ達からの手紙』? どういうことだ?」




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