女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



22 ルイルの魔法

 ゴオオオオ
 高所に吹く、大気全体がうごめくような風の音だ。荒涼たる岩山が林立する場所。見渡す限り、塔のように細長く伸びた褐色の岩と白っぽい砂地で、植物はわずかに地衣類のみが岩の表面にへばり付いている。
「た、高いよルイルー。落ちたら死ぬよ? こんな場所に連れて来て何するんだよ?」
 カイが、ガタガタ震えながら尋ねる。
 ルイルに岩山の頂上に連れて来られている。頂上の広さは、畳4枚程度しかない。高さはというと、ゆうに三十メートルはある。
 明理沙はカイにしっかり捕まえられて、カイと同じく座り込んでいる。彼女も震えていた。
「カイ、怖いよ」
 吹き飛ばされそうな、というより飛ばされること間違いなしの強風が吹きすさぶ。つかまる物は全く無い、猫の額ほどの岩山のてっぺんだった。ロッククライミング等の趣味でも無いかぎり、こんな場所に来たがる人間はいない。
「明理沙、大丈夫、大丈夫だよ。僕が捕まえてるからさ。大丈夫大丈夫、吹き飛ばない吹き飛ばない。大丈夫だよ大丈夫大丈夫大丈夫」
 カイは明理沙に言い聞かせるが、それ以上に、自分に言っているようだった。延々と、大丈夫大丈夫と言い続ける。
「さあ! 明理沙! 見ててもらおうかねえ? 私の力量が、王に相応しいということを!」
 二人の脅えぶりには全く頓着せず、仁王立ちのルイルは迫力ある笑みを浮かべて言った。
「わかったから早くしろよー! 吹き飛ばされそうだよ!」
 カイが悲鳴に近い声を上げる。
「あーら? 明理沙、顔を伏せてちゃ私の様子がわからないじゃないか? ほらほら顔をお上げ? さあさあ!」
 ルイルが実に機嫌良さげな声で促す。
「は、はい」
 明理沙は勇気を振り絞って顔を上げた。見ないことには、終わらない。どきどきしながら、それでも何とか周りを見ると。一面、見渡す限り岩山と砂地だらけだ。
 荒涼とした風景だ。
 ルイルは、やや短くてウェーブのかかった薄紫色の髪を、強風になびかせている。その表情は自信と覇気に満ち満ちていた。
「ふっふっふ、よおし、顔をお上げだね? では、見ててもらうよ! ルイルの魔法を!」
 歌うようにルイルが声高くそう告げて、本当に歌をうたい始めた。

 春の丘緑たなびく草の葉に、輝く光、照り輝きぬ
 陽光の下、鳥は唄い、来たる春の言祝ぎを喜び讃ゆ
 夏の海、清々たる水のもと全てのものが溢れ栄え
 夜空の星は絢爛と輝きぬ
 秋の風、揺れて熟する命の麗しさ
 白金のごとき光で太陽は祝福せり
 冬の世界、全て動きを止めしと見えども
 全てのもの全てに強し
 以て、世、一つとなる

 歌の途中、ルイルは衣の長い袖から、干した薬草らしきものを取り出して、いくつも宙に放った。するとそれは、一つは燃えて消え、一つは青く光って消え、一つは四方八方に飛んで行った。
 そして、歌が終わると、荒涼たる岩山の上に乗っていた青空の色が、変化していった。 明理沙とカイはその様子に見入った。
 青色が薄れていき、白い空へ、そして、薄桃色に変わり、最期に青と金色が交じった色に変わって、カッと輝いた。
「!」
 二人はあまりの眩しさに目を閉じた。
 そして、

 ピチピチピチ、と、どこからか、小鳥の鳴き声が聞こえて来た。
 先程まで吹いていた強風が穏やかに、そして、水分を含んだ清涼なものへと変わった。その風は、様々な緑が発する青い匂いを運んで来た。
 やがて、
 二人が、目を開けると、
「あれ?」
「ここ、どこ?」
 岩山だらけの荒れ地は、緑の生い茂る峻峰へと変わっていた。明理沙とカイの周りには、背の低いツツジが生い茂り、さらにその茂みの間からは、何本もの人の背丈ほどの松が生えていた。木々に囲まれ、もう落ちる心配も高所にいる恐怖も感じられない。
「あっはっはっはっは! これがルイルの魔法さ! どうだい? 荒れ地を緑に変える奇跡の魔法さ! これこそ、マジックキングダムを支える王に相応しい力だろう?」
 明理沙は驚いて周りの風景を見回した。本当に、あの岩山がこの緑の山々に変わったのか? 
「ルイルさんすごい」
 目にしみいる緑。
 明理沙は感心した。
「そうかいそうかい? どんどん褒めておくれよ。このルイル会心の魔法なんだからねえ。どうだい?」
 ルイルはにこにこ笑いながら明理沙を見つめる。明理沙はしっかりと頷いた。
「あの岩山を、こんな緑一杯に変えられるなんて、」
 その言葉を聞いた瞬間、ルイルの顔は笑みで緩み、鼻の穴が興奮で大きく膨らんだ。
「そうかい! じゃ、決まりだね! 私が王だ! ふふふ、うふふふ、おーほほほほほほ!」
「え!?」
 何で勝手にそんなふうに決めるの!? 明理沙は、ルイルの短絡的な考え方に驚き、急いで首を振った。
「待ってください。確かにルイルさんの魔法は素晴らしかったです。けれど、私はまだ王の候補者の方たちに会いに行っている途中なのです。少なくとも、候補者全員の方の話を聞いてから、王様を決めたいのです」
 勝手に王になったと思い込まれても困る。明理沙は必死にそう言うと、ルイルは、「なあーんだ! そうなのかい?」と、渋い顔になった。
「そう、他にもいるのよねえ。候補者が。そうよね、たしかにいたわよねえ、何人か」
 ルイルの表情は、言葉の途中で、陰湿で高飛車なそれへと、変貌していった。
 彼女は、自分が確実に王になるべく、何かを絶対にたくらんでいる。
 凶悪に変貌した彼女の表情から、明理沙とカイはそう確信した。
「あのさ、そういう訳だからさ? ルイル、明理沙に話をしてくれないかな?」
 カイはとりなすようにそう言った。
 しかしルイルは、カイの言葉に気づかずにブツブツ言い続けている。
「おい、ルイル。なあ?」
「ブツブツブツ……そうだわ、戸棚の奥に『百発百中牛殺し薬』をしまっておいたはず。あれを使えばイチコロ。ウッフッフッフ、さて、問題はどうやってそれを飲ませるかよね?」
 もうすでに殺害計画立案中だ。独り言には違いないがルイルの発する声は、抑えてはいても舞台女優のように腹式呼吸で良く通る声なので、めちゃくちゃはっきり周りに聞こえている。演劇の「独り言の演技」そのものだ。客に聞こえねば意味がない。
「ル、ルイル……なあ?」
 剣呑な内容に引きつりながら、カイは再度声をかける。
 ルイルは作戦を立てることにのめり込み、カイと明理沙のことはすっかり忘れ去っている。
「そうだわ、とてもいい考えが浮かんだわ! 名付けて、『謎の老婆、産直リンゴの訪問販売作戦』よ! 『百発百中牛殺し薬』を仕込んだリンゴを、婆さんの変装をした私が、王の後継者たちに売って回るのよ! それを食べた彼らは、たちどころにふっふっふ」
 ルイルの視界にも意識にも、もはや、二人のことは映っていない。ここではないどこか遠くを見て陶酔の笑みを浮かべている。
「完璧!」
「おおーい、ルイルってば、」
 カイが、ため息をつきながら、もう一度声を掛ける。
「ふっふっふっふ、これは良い考えだわ! 早速実行に移さねばねえ! 誰にも聞かれてないわよね、今の話、ふふ、誰かに聞かれたら生かしてはおけないわ」
「!」
 誰かに聞かれたら生かしてはおけないわ?
 まずい。今ここにいたら、まずい。と、二人は思った。
「明理沙、ルイルのことはもういいよね? どにかく、ここはひとまず、逃げよう」
「うん」
 二人は空間転移の魔法により、そっと、その場から消えた。




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