しばらく泣いた後に、カイは鼻をすすりながら微笑んだ。
「次の候補者に会ってもらえるかい? 今度は候補者二人にまとめて会えるはずなんだ。これで、……最後だ」
「誰なのそれ?」
「『金糸の君』と呼ばれるすごい魔法使い。『沈思の森』の中の大きな城に住んでる」
その名前は以前に聞いたことがあった。
明理沙は首を傾げる。
「たしか、ユエさんの屋敷で、エフィルさんが言っていた人よね?」
うん、と、カイがうなずく。
「そうだよ」
明理沙は記憶をたどる。
たしかエフィルさんは、その人を力の強い魔法使いだって言ってた。エフィルさんが目標にする程の魔法使い。明理沙はその人のことがとても気になった。がぜん興味が湧いた。
「すごい魔法使いなんでしょう? ね、どんな人なの?」
カイは、複雑な表情になった。
「う、うん会えば、わかるよ。僕の口からはなんとも」
まただ。会えば、わかるよ。
「最後までそれ?」
明理沙のため息に、カイが慌てて取り繕った。
「あっ、あのね! もう一人の方は、ものすごく良い人なんだ! 本当だよ! これは絶対! 明理沙ごめん。さ、元気になって! 大丈夫! 一人は良い人だから!」
一人一人と強調するあたりからして、もう一人がどうなのか、察せられる
明理沙は一つ首を振ると、顔を上げた。ここでがっかりしてても仕様がない。
「うん、わかった。元気出すよ。じゃあ、連れていって、カイ!」
「うん!」
沈思の森。
それは、マジックキングダムの中心よりわずかに北々東にある。大きな湖の中に浮かぶ大きな島を覆う森のことだった。
空は曇り。
時折、湖面から霧が生み出されて流れて行く。陰に彩られた、ほとんど無彩色の世界。
湖面から寄せてくるさざ波が大地に当たって、ちゃぷちゃぷと音を立てる。
二人は島の南西の湖岸に立ち、森を眺めた。
「暗い場所だね」
明理沙があたりをゆっくり見渡して、さほど大きくない声で言った。
森の木々の間には十分な間隔があり、下草もほとんど繁茂していない。晴れていたら、さぞや散策に向いた明るい森だろう。しかし今、空は垂れ込める雲で白灰色。ときおり、もやが、幽霊のように森の木々の間を徘徊している。
「ここの天気が良いことって、あんまりないよ。やっぱり住人があんなだからかな」
カイは木々の梢を見上げながらそう言う。
「あんな、って?」
明理沙が怪訝な顔をすると、カイは、「いやなにも」と言っていそいで首を振った。
「先入観をもたせるわけにはいかないから。僕は何も言わない。明理沙に決めてもらうんだし。明理沙自身の目で決めてもらわなきゃ。じゃ、行こうか。明理沙」
二人は、森の入り口から、中へと足を踏み入れた。
「この森の一番奥、ええと、島の一番北々東にある断崖に、金糸の君が住んでいる城がある。その前に、明理沙。今入ったこの沈思の森の『沈思』っていうのは、思い沈むということ。この森、おっかないんだよ?」
思い沈む森とはどんなものだろうか、と、明理沙は自分の想像を働かせた。
「それはええと、森に入った者全員が、悩んでしまうってこと?」
と、明理沙がいうと、カイは本当に脅えたようにびくっと震えた。
「うん、そんな感じだよ」
「嫌な森ね?」
そう聞いたら、カイは、首を捻った。
「うーん。迷ったり、化かされたりする」
明理沙は複雑な顔になった。
「っていうことは、『まやかしの森』、っていう方が、正しいの?」
カイは、再び首を捻る。
「いや。うーんと、マジックキングダムの皆は『沈思の森』っていうことで納得しているから、ちょっとまやかしとは違う性質の森なんだよ。来た者に考えさせるという性質の森かなあ」
「むずかしいわね」
一体どんな森なのか、わけがわからなくなった。明理沙は、話に区切りをつけるためだけに、取りあえずうなずいた。
「うーんわかった。じゃ、行こう、カイ」
「うん」
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