やがて、地響きがやんだ。
「ああ、よかったー」
明理沙は、ほっとした。恐かった。体が、がたがたと大きく震えている。
「石畳が、でこぼこになってる……」
街の人々は、この大地震に慣れているのか、さっさと無言で後片付けに取り掛かっている。壊れたガラスやら、ひびの入った石の壁や石畳などを、魔法で修復している。あちこちで、人々の指先から、さまざまな色の光が放たれている。きっと、これが魔法だろう。
「ふう。どうやら収まったね。明理沙大丈夫かい? じゃ、地震が止んだ今のうちに行こうか」
カイが、自分も震えているにもかかわらず、手を貸してくれた。
「ありがと。……あれ? あの人、」
ユエの屋敷の方、町外れへと続く道の方から、先程の青年が駆けて来る。
真っ白な長髪のあちらこちらの毛先が柔らかい緑色をしている、顔立ちの整った青年だった。
「エフィル!」
カイが声をかけた。彼は、それに気づいてこちらにやって来た。
「お。カイ! お前、なんでこんな時にこんな街にいるんだ? 運が悪いなあ。はは」
青年は、カイに会えてにっと笑い、明理沙の方を向いて、ちょっと驚いた。
「この子は、」
マントも三角帽もつけていない、衣服も異なる。そんな私を彼は見ている。
怪しい者だと疑われる前に、明理沙はつとめて明るく挨拶をした。
「こんにちは、初めまして……」
同時に、カイがほほ笑んだ。
「やっと連れて来られたんだ。エフィル、この女の子が、そうだよ」
「そうか……」
エフィルは、感動をにじませたほほ笑みを浮かべ、明理沙を見つめた。
「そうか。よかったな、カイ。それじゃ、僕も一緒に、また、ユエの家に行くとするか。……気は、進まないんだが」
再び、ユエの屋敷の前に立った。
カイが意を決したように表情を引き締めて、口を開いた。
「じゃ、今度こそ!」
ところが、また異変が起こった。
バリバリバリ! と、まるで雷が落ちてきたような音が響き、
「うわ!」
大きな爆発音と共に、屋敷が吹っ飛び、噴煙や火の手が盛大に上がった。
「こんどは何なの? カイ?」
ここの屋敷は、大変な現象ばかりが起きるようだ。
どうしてだろうか?
カイは、口を半開きにして屋敷をながめていた。驚きほうけている。
「あ? ああ」
よろよろと明理沙のほうを見ると、彼女が質問したらしいことに気付いて、歯の根の合わない言葉を、なんとか紡ぎ出した。
「た、たぶん、ユエの魔法だということは、間違いないんだけど……」
それだけ? こんな酷いことになってるのに。
カイは呆然とユエの屋敷を見つめて、それだけつぶやいた。物足りずに明理沙はいささか早口でさらに聞いた。
「カイ。屋敷がこんなになって、中にいるユエさんは、大丈夫なの?」
カイは、こんな状況であるというのに、……たしかに驚きはしているものの、どこか呑気でうんざりした表情を浮かべていた。
「ああ、うん。まあ、どうだろう……。どこか怪我してるかもしれないけど?」
「ねえ慌てなくていいの? こういうのって大惨事でしょう? 急いで、中にいる人を助けた方がいいでしょう?」
「馬鹿者ーっ」
エフィルが大声で叫んだ。はっとして、明理沙はエフィルの方を向いた。しかし、明理沙が予想していた表情を、彼はしていなかった。
「お前いいかげんにしろよ! 何の悪ふざけだー!?」
逆上、という表現がこれほどぴったりくる表情を、明理沙は初めて見た。
こめかみに青筋が浮かび、頬はひきつり、瞳孔が開いている。
明理沙は混乱した。
どうして? 悠長に怒っている場合じゃないと思う。こんなひどいことになっているのに。
「エフィルさん、カイも! ねえ、どうして、……火を消そうとか、ユエさんを助けようとか、どうしてしないの?! 二人とも、おかしいよ!」
その時、屋敷にさらなる爆発が起こった。
大地を揺るがす、すさまじい破壊音と衝撃とが3人を襲う。
「うわあ!」
両腕で顔面を覆い、なんとか熱風から身を守ろうとするカイと明理沙の二人だが、いかんせん、火の勢いのほうが強すぎる。
「まったく! ユエのやつ!」
エフィルがそう憤慨し、ぶん、と右腕を払う動作をした。
「やりっぱなしにするな! 何を考えているんだ!」
途端、
ゴフウと、強い冷たい突風が、3人の背後から吹き始めた。爆発する屋敷からの熱い風が、これで届かなくなった。
「すごい! エフィルさん!」
明理沙が尊敬した面持ちでエフィルを見ると、エフィルは苦笑した。
「いやなに、これくらいは、むずかしくはないから」
言いながら、若草色の髪が混じった白色の長い髪をかきあげる。動作の一つ一つに、なんだか自然な余裕が感じられる。
その時。
「きゃーきゃー! エフィル様あ! すってきぃぃー!」
鼻にかかった高い声が、なんと、惨事の真っ只中の屋敷の内部から、響いてきた……。
「あーっ! カーイー!」
その上、あろうことか、めちゃくちゃに燃え盛っている屋敷の中から、女の子が、ぶんぶんと手を振りながらこっちに走って来た。
どこも怪我していない。
それどころか満面の笑みさえ浮かべている。
「ひっ!」
化け物にでも会ったみたいに、カイと明理沙は、びくっ身を震わせて3歩ほど後ずさった。エフィルの方はというと、青筋を浮かべた蒼白な顔で引きつっていた。
「お前なあ」
明理沙は、そんなエフィルをおろおろと見て、次にカイを見た。
「カイ。あの人、あなたの知り合いなのね?」
「……ええと、いや、え、あ、うん……。そうなんだ」
カイは、ひどく気まずい表情でうなずく。できれば彼女とは、他人だと言いたかったらしい。
「あのさ。明理沙、彼女がユエなんだ」
犯罪を白状するかのような表情のカイの言葉。
「えっ……」
明理沙は、言葉を失った。
こんな、得体の知れない女の子が?
「そっおでええーす! 私が、世界一すごぉーい魔法使い! ユエでーす! エフィル様! やっぱり来てくださったのね! ユエ、自分のおうち爆破したら、心配したエフィル様が来てくださるんじゃないかって、うふふ! 確信してましたぁー!」
3人の所まで駆けて来た女の子は、可愛さを全面に押し出して、にこおっと笑い掛けた。ひじの辺りできれいに切り揃えられた黒髪が、屋敷を無残に焼き尽くしている凶暴な炎に照らされて、……不気味に輝く。
「こんな私は! エフィル様大好きっ子なのー! やっぱ、見てわかっちゃう?」
くらっ、と、エフィルが額を押さえて立ちくらみを起こした。
「いやあん! もお! 照れちゃってええ! エフィル様ったらあ! きゃっ!」
魔法使いユエ。外見は夢のように可愛らしいが。
とんでもない人だ。
……向けられた好意に立ちくらみを起こすエフィルに、同情した明理沙であった。
|