女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



67 私の心を覗いて

 白魔法に対する好意的な感情さえがあれば、あとは技術を磨くだけなのだが。技術を磨くという点で、生来の魔力や魔法に対する感覚の鋭さが問題にはなってくるが。
「うーん……」
 どう言えば、相手に好意的な気持ちをもってもらえるのか。いや、好きになるなど贅沢は言わない。この際、興味だけでもいい。シルディは考える。白魔法の利点を言った所で、この相手は「それがどうした」で終わってしまう。どうしてこうもこだわりがないのか。苦痛を苦痛とも思わない。美点を評価しない。
 存在は認めるが、価値を、認めない。
 ということは、価値はどうでもいいということか。それどころか、
 シルディは今浮かんだ予想を口にした。
「もしかしてリディアス。白魔法は善き力だって喧伝されてるのが気に入らないんじゃないの?」
 果たして、
「そうかもしれない」
 肯定のようなものが返ってきた。
「ちょっと当たりね。じゃ、純粋に単なる魔法の一つとして教えればいいのね」
 そう、善し悪しは別にして教えればいいのだ。白魔法の使い方と、何をもって成功と言えるのかということを、教えればいいのだ。が、シルディはここで、途方に暮れることになる。
 一体、善いという言葉を、方法論と目的論とに変換することはできるのか? では、善いとはなんなのか? 何をもって、善いというのか? 
「……」
 答えは、なかった。そう、それらがわかれば、すなわち白魔法を極めたことになる。誰もいまだ到達しえない目標に。
 シルディは、リディアスに言葉では教えられないとう結論を得てしまった。言葉で教える、それは白魔法の真髄を会得せねば無理な話だった。
 という訳で、彼女は前言を撤回することになる。
「ごめんなさい。どう言えばいいのか考えたんだけど、……言葉でわかってもらうのは無理だわ。私には、それを教えられるほどに白魔法を見極めていない。だから、言葉ではなく、あなたが感覚的につかめるように、してみようと思うの。それなら、やれるわ」
 シルディは笑った。
「リディアス。魔法で、私の心の中を見ることができるでしょう?」
「できるが?」
 金糸の君は、そこで言葉を切った。できるが、倫理と礼儀と道徳の面から、相手の同意無しには使ってはならないと、マジックキングダムの不文律となっている。同意されることは、まずない。
「じゃ、私が白魔法を使ってみるから、あなたは私の心を覗けばいい。使うって言っても、私は使えないんだけどね。私に魔力があれば、魔法として発現するはずのものなんだけど。まあ、魔法として成り立たなくても、白魔法を感覚的にはわかることはできるわ。きっと。それでいい?」
 あっさり笑うシルディ。
「君こそそれでいいのか?」
 金糸の君の方が問い直した。
 いいわよ、と、シルディはうなずいてみせる。
「私の内面なんて、あなたにとっては大したことないわよ? 私は未熟者なの。シルバースターになった時、沈思の森を歩いて、それがわかったの。そうしてあなたに会った。あなたは、私が何とか形にしようとした答えを、もう持っていた。そうね……。だから、私はね、あなたに、自分の内側を見せても何ともないと思ってるの」
 でも、白魔法の参考にするなら、エフィル君のが一番なんだけどね? と、シルディは付け加えた。
「ま、私のでも、ちょっとはわかるかもしれないわよ? どう?」
 金糸の君は、ゆっくりとうなずいた。
「君が構わないのなら、」
「構わないわ。では、私にあなたの水晶玉を貸してもらえる?」
 シルディは、金糸の君から、水晶玉を受け取った。
「この水晶玉があれば、少しは、できるかもしれないわ。さあどうぞ。私の心を見ておいて」
 金糸の君は術言を唱える。相手の心を覗く魔法を。
 それが終わるのを待って、シルディは水晶玉に向かって言葉を紡いだ。

 聖の法によりて
 穢れを受けたもの、きよらの存在へ還らん
 ゆがんだものねじれたもの
 元の姿ありて今にいたらん
 聖の力借りて還るべく
 我、御力に助けを請う

 滑らかで控えた声が、響いていく。

「……」
 エフィルは、シルディの姿に見入っていた。その声に引かれるように、エフィルは過去を振り返る。彼女から、術を習っていた頃に。エフィルの力を真っ白い雪のようだと言った彼女。かつて見てきた彼女の力は、柔らかく吹く、5月の薫風のようだった。耐え忍ぶ冬が確実に終わったのだと確信させて、木々のしなやかな緑を育んでくれる、風。
 知らず、エフィルは口にしていた。
「風だ」
 隣で、これもやはりシルディを見ていたカイが、それに気づき、「へ?」と言った。
「風って?」
 はたと気づいて、エフィルはカイの方を見た。お互い、瞬きすること数回。
「いや、……独り言だ」
「ああ、うん」
 カイが曖昧に相槌を打つ。が、頭の中でその不思議な言葉を消化しきれない。
 別に隠す必要も無いと思い、エフィルは言い加えた。
「シルディの白魔法のことだ。初夏の風みたいなんだ」
「ああ……」
 カイは、その言葉を聞いて、自分の記憶を紐解いた。
「初夏の風か。いいこと言うなあ。エフィル。見ててさわやかになったもんな。シルディの魔法って」
 いくら教えてもらっても、自分はエフィルとは違って、上達はしなかったが。昔の風景を掘り起こすように、カイはどこか遠くを見ながらつぶやいた。
「僕も、ああいう魔法が使えたらって、思ったよ」

 浄化の呪文を唱え終わった瞬間、透明な水晶玉を持つシルディから、ふわりと空気が湧き起こる。それは、なんと表現すればいいのだろう。内側からやる気を引き起こすような、そんな心地良い空気だ。初夏の風、エフィルの言葉のとおりだ。
 しかし、それはすぐに跡形も無く消えた。
 シルディは少し息を吐く。
「と、まあ、こんな感じね? ほんの少しは使えたみたい」
 今のシルディの魔法で、ルイルの魔法にして30分ぶんくらいは浄化された。
「感覚として、なんとなくわかった?」
 じっと見つめる金糸の君に、シルディはにこりと笑って問いかける。
「大体は」
 ふっと視線を解いて、金糸の君はうなずいた。
「なら良かった。……もしかして、使えそう?」
 リディアスの表情に変化を見てとったシルディは、そう尋ねた。特筆するほど鮮やかな表情は無いが。わかる人が見れば、投げやりなものから、そうでないものに変わっている。
「できるかもしれん」




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