女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



76 リキシアとの出会い

 魔法の授業が始まると、リディアスは学校から姿を消す。
 そして、森に来ていた。学校を抜け出すと、いつの間にかここにいた。ここは、どういうわけか、いつでも天気が悪い。だが、土砂降りにあったことはない。曇り空と、霧が立ち込めている。荒れないが、どこまでも憂鬱な天気だ。
 いつものように、リディアスは、あてもなく森をさまよう。ただ、さまよう。そして、いつも考える。
 父と母とは魔法を使うなと言った。自分のことを怖がっている。
 家には、自分の教科書以外には、魔法に関わるものは何もない。全く何も無い。母と父の仕事に使う魔法の道具すら、家にはなかった。
 でも。学校では逆に、先生が魔法を使えと言う。急き立てるように言う。無理にでも使わせようとする。自分以外の子は、楽しそうに魔法の授業を受けている。そして、彼らは、魔法を使えることを自慢する。
 リディアスは、面白くなさそうに目を細めた。
 なんで皆、そういうふうに決めつけてかかるのだろうか? 
 魔法は楽しいとか苦しいとか、そういうのじゃない。そう決まってるわけじゃない。
 苦しいからとか、怖いからとか、楽しいからとか、どうして皆、そうやって何かの理由に縛られてるんだろうか? 何かに縛られるのが好きなのだろうか? 僕は縛られるのは嫌いだ。なんで縛られながら魔法を使わなきゃいけないんだ。僕は、魔法なんかどうとも思わない。
 魔法が使えたから何だっていうんだ?
 黙々と、子どもは森を歩く。
 ここは、沈思の森。訪れる者に、さまざまな感情を与えて、思いに沈ませる森だった。子どもは、そうと知らずにここに来て、ここで過ごしていた。
 多くの者にとって、恐怖の対象ですらあるこの森に、行く場所のない子どもは、毎日毎日来ていた。
 リディアスの機嫌は次第に悪くなっていく。
 つまらない。みんながみんな、何かに縛られてる。つまらない。皆、自分が縛られてるもので、誰かを同じように縛ろうとする。腹が立つ。
 周りがそうである限り、自分は彼らの前では魔法は使わない。この森に来るようになって、リディアスは、その結論を得た。ともかく、ただ魔法を使うだけで、周りからガタガタ言われるのが、とても嫌だった。構って欲しくなかった。
「?」
 考えているさなか。ふと、リディアスは、遠くにある、おかしなものに気づいた。
「まぶしいなぁ」
 自分のいる場所からずっと離れたところに、明るい小さな輝きがあった。深い霧にもかかわらず、それは、日の光みたいにぱっと明るく輝いていた。また、それは蛍のように小さく、しかもふわふわ動いている。
 何だろう、あれは? あんな光、今まで見たこともない。
 珍しく、好奇心に駆り立てられ、リディアスは走り寄った。
 いくつものブナの木々とすれ違い、やがて、リディアスは、まばゆい光にたどり着いた。
 光は、消えることも逃げることもなく、そこにいた。
 そして、
「どうしてこんな所に子供が? どうしたの? 迷ったのかしら?」
「!」
 驚いて、リディアスは目を見開いた。
 光がしゃべった!
 やがて、強い光輝に子どもの目が慣れた。光は、実は小さな女の人だった。
 子どもは、ぽかんと口を開けた。自分の両手を広げたくらいの大きさの人だ。こんな小さな人がいる。しかも光ってる。こんな人がいるなんて、信じられない。
「なんで光ってるの?」
 口にしたのは、その問いかけだった。
 小さな女の人は、それに肩をすくめて困ったようにほほ笑んだ。
「まあ。だって私、光の妖精ですもの」
「ひかりのようせい? 『ようせい』って?」
 リディアスは、妖精という言葉を知らなかった。光の妖精はくすくす笑った。
「妖精を知らないの? 光や水や木、人ではないものに宿る、そのものの本質が形をとり意思をもったもの。それを妖精というの。……わかる? ぼうや、お年はいくつ?」
 リディアスは、首を傾げてから答えた。
「8さい。わからない」
 こんどは、光る女の人が首を傾げた。
「……学校はどうしたの?」
 その言葉に、リディアスは眉をひそめた。
「さあね」
「さあね、って……。あら困ったわね。ここには迷い込んだの?」
 リディアスは、ううん、と首を振った。
「違う。自分でここに来たの。学校から出ると、いつの間にかここに着くから」
「自分で、ですって?」
 光の妖精は、妙な顔をした。
「あなたは、どこの学校に行ってるの?」
「王宮のとなりの学校」
 光の妖精は、もっと妙な顔になった。
「それなら、普通の学校ね。それで、あなたは歩いてるうちにここに着くの?」
「うん」
 光の妖精は、妙な顔のまま、しばし黙り込んだ。
「困ったわね。どうして王宮近くから、こんな所に来られるのかしら? ……まあそれは今はいいとして。ぼうや、いいかしら? 子供のあなたにとって、ここは来て良い場所じゃないと思うの。この森は『沈思の森』といって、普通の場所ではないの。恐ろしい考えにとりつかれて、森から出られなくなってしまうこともあるのよ」
 リディアスは首を振った。
「平気。いつも来てるから」
「えっ……!?」
 古今、光輝の妖精の唖然とした顔を見た者など、そうはいない。
「なんですって? いつもですって? 毎日来てるの?」
「うん。学校に入ってからずっと」
「なんてこと……」
 古今、光輝の妖精が頭を抱える姿を見たものなどいない。
 光の妖精は、彼女らしくなく、ひどく当惑していた。
 一体、私はこの子に、何から最初に話してあげればいいのかしら? 
「あなた、お名前はなんていうの?」
 何よりもまず、自分の気持ちを落ち着かせるために、彼女は普通の問いかけをしてみた。
「リディアス」
「そう、リディアスというのね。私はハニール・リキシア。リキシアでいいわ。それで、リディアス。ここはね、決して希望に満ちた場所ではない。将来のある、小さなあなたが来るところじゃないと思うの。さあ、学校にお帰りなさい。それが嫌ならお家へ帰りなさい」
 途端、リディアスの顔が曇った。はっきりと不機嫌になった。
「どっちも嫌だ」
 即答されて、リキシアは首を傾げる。
「学校、嫌い? ……おうちも?」
「じゃなくて、皆の考えてることが嫌いだ」
 すねた様子もなく、すらりと明確にそのような言葉が返ってきた。リキシアは返答に窮した。
「どうして嫌いなの?」
 リキシアはそう聞いていた。この子の口から、果たしてどんな答えが返ってくるのか、気になった。確認したい。これは、単にひねくれた子なのか、それとも……。
 リディアスは、さっき考えていたことを全部口にした。
 誰もわかってくれないので、誰かに話したかったのだ。
 一通り聞き終えて、リキシアは、顔を上げた。
「では、リディアス。あなたは魔法が使えるのね?」
「使えるよ」
「そう、」
 と、リキシアはうなずいた。
「見たい?」
 リディアスはそう聞いていた。
 その言葉に、リキシアは微笑む。
「ええ、見てみたいわ?」
「わかった。見せるよ」

 リディアスは、口中で術言を唱える。なんの魔法であるかは聞き取れない。
 まもなく、子どもと、光の精の前に、銀白色に光る大きな球体が幻出した。
 これは召喚魔法だわ。
 リキシアは驚いて、瞬いた。
 こんな小さな子が……一体、何を呼ぶというの?
 球体の明るさは徐々に増して行き、風を伴い始めた。リディアスの、白色の短い髪が、ふわりふわりとなびく。
 やがて、光はこれ以上ないほど強くなり、光の勢いに吹き飛ばされるようにして、球体の形が消失した。
 そして、大きな球体があった場所には、目映い光をまとった白色の女神が4体立っていた。4体とも、背には大きな白い翼が生えている。彼女たちはにこりと強く微笑むと、リディアスの頭をなでて、消えた。
「ね?」
 リディアスは笑った。
 リキシアは、かつてない衝撃を受けた。
「そう、ね……。法の女神、理性の女神、知識の女神、時の女神。わたし、4神を同時に見たのは初めてよ。……素晴らしい、素晴らしいわ」
 半ば放心したように、リキシアは、称賛の声を漏らした。
 だが、その言葉を聞いて、リディアスは、ひどくむっとした。
「そんなに言われるのは好きじゃない」
「まあ。気に障ったかしら?」
「だから嫌なんだ。だから魔法を使いたくないんだ」
 リキシアは、リディアスの表情を見て、おや、と思った。今度はちゃんと拗ねている。これは子どもの表情だ。意外な反応に、光の妖精は、子どもをしばらく見つめた。
「ほめられたり怖がられたりするのって、好きじゃないんだ。これって、ただの魔法じゃないか」
「リディアスは、自分の使う魔法について、何か感想を言われるのが嫌いなの?」
 妖精は確認した。
 はたして、おおきなうなずきが、子供らしい大仰なうなずきが返ってきた。
「うん! だってただの魔法じゃないか! できたかできてないか、それだけなのにさ! どうして、怖いとかすごいとか言われなきゃならないんだろう! ぼくは、ぼくはそんなこと言われるのが大っ嫌いなんだ!」
 ああ。
 光の妖精は、理解した。
 この子どもにとっては、これほどの魔法が使えることすら、評価される以前の、使えて当たり前のことなのだ。ということは、この子には未知数の力がある。
 こんなことができる子が「褒められて嬉しく思うほどの魔法」とは、一体、どんなものだろうか。きっと誰も見たことがない、世界が驚く魔法に違いない。
 なんて可能性に溢れた子だろう。
 長く生きてきた妖精は、うれしくなった。この出会いに感謝した。そして、にっこり笑った。
「それは悪いことをしたわね。もう言わないわ。ごめんなさい。……ねえ、私はあなたが気に入ったわ。どうかしら? 私と友達になってくれない? 私は、あちこちには出て行けないけど、ここにはたまに来るの。よかったら、また、この森で会いましょう?」
「ともだち……?」
 リディアスは、きょとんとしたようだった。そして笑った。
「うん!」
 こうして、光輝の妖精と子どもは、友達になった。リディアスに、居場所と語り合える者が見つかったのだ。

「後で聞いたら、彼女は王宮での仕事の合間に森へ来ていたらしい。私と同じ、暇つぶしだな。そのころ、私は彼女が何者かも知らなかった。彼女は単なる光の妖精であり、自分の友達、それだけだったのだ」
 金糸の君はそうつぶやいて、ハニール・リキシアとの出会いをまとめた。
 きっと、世界一の魔法使いを選ぶ妖精だということを知っても、この人は気にしなかったのだろうな、と、明理沙は思った。
 その考えが通じたのか、金糸の君は、眉を上げてうなずいた。
「知った所で、それは気にかかることではない」
「……そうですか……」
 明理沙は呆れた。
 やっぱり、こういうところが普通の人と違う。もし私が彼のような立場で、ハニール・リキシアの正体を知ったら、平静ではいられない。世界一の魔法使いになれるかもしれない、と、気が気でなくなるだろう。




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