女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



77 時魔法の授業

 金糸の君は、話を続けた。
 魔法の学校も最後の三年目になった。
「おはようございます。さあ、魔法の授業を始めましょう」
 先生が教室に入って来た。生徒達は席について、さまざまな表情で先生を見つめる。
 最初の1年と違って、子どもたちの表情には違いが出ていた。
 いきいきと先生を見つめる子。多くはそうだ。しかし、中には、浮かない顔や、退屈そうな顔の子も混じっている。授業についていける子といけない子の差が出てくる。
 学校の授業で扱う魔法の範囲は、広く浅い。子どもたちが持っている能力の方向性を探るためにそうしているのだ。3年間、子どもたちは同じ魔法を学んだ後、自分の能力や特性に応じて将来を決める。
 魔法の授業も難しくなってくる。今、ほとんどの子どもたちは、初級の火の魔法、水の魔法、氷の魔法、そして簡単な白魔法、これらを使うことができる。
「皆さんは最後の3年目に入りました。今年学ぶ魔法は、難しいものになります。今日から半年をかけて、他の魔法と平行して、時魔法を教えたいと思います。時魔法は、使う者の素質がよく現れるのと同時に、とても重要なものです。頑張りましょうね」
 時魔法という言葉が、先生の口から出た瞬間、それまで色々な顔をしていた生徒達が、一斉に興味深そうな顔に変わった。
 時魔法は、一人前になっても、なかなか使いこなせない。学校では一通り教えるが、これは習得のためというよりも、知見を広げるためだった。時魔法に限っては、先生は理論を重視して、実技にはそれほど力を入れない。
「では、授業に入りましょう。……リディアス!」
 生徒から黒板へ目を移そうとしていた先生は、再び振り返って、厳しい声で呼んだ。
「授業を抜けることは、許しませんよ? この前、ご両親とも話し合ったでしょう?」
 姿が消えかけていたリディアスは、無表情で先生を見つめ返した。が、何の返答もしない。
 先生は、リディアスをじっと見た。
「もう授業を抜けださない、と。そうでしたよね? リディアス。返事は?」
 一拍おいて、ようやく静かな声が返ってきた。
「はい」
「よろしい。さあ座りなさい」
 先生は軽くうなずいて黒板に向かった。張り詰めていた教室の空気が緩む。二人のやりとりをしんとして聞いていた生徒達が、ほっと息をついた。
「では、まず、時魔法についての理論から始めたいと思います。最初に、時魔法の定義から……」
 先生が教科書を読みながら、黒板に理論を書いていく。生徒達は真剣な面持ちで、それを聞きながら書き取っていく。時魔法の出来不出来で、大魔法使いになれるかどうかが決定すると言っても過言ではない。だから、みんな真剣に聞いている。ただ一人をのぞいて。
 リディアスは、先生の話も聞かず、書くこともせずに、黒板を見つめるだけだった。
 先生は、ちらりと背後の生徒達を見た。そして内心でため息をつく。
 なぜ、リディアスはやる気がないのだろうか? 学校の途中からやる気を失ったのならばわかるが、入学した時からずっとだ。……ご両親にそのことを話したら、「リディアスは体が弱いから」の一点張りだった。体が弱いのなら、さっきのような転移魔法を使えるはずがないのに。あれはひどく体力を消耗する魔法なのだ。しかも、私はあれを授業では教えていない。そのことも両親に話したら、「それ以外の魔法は、きっと使えないはずです。どうかうちの子のことは放っておいてください」と、なぜか恐れた様子でそう言った。
 先生は、リディアスへの不可解さを募らせるばかりだった。
 一人っ子だから、両親が甘やかしてこうなったのではとも思った。しかし、リディアスを見るにそうは言い切れない。あの子には、甘やかされた子特有の、自己耽溺や依存心の強さが見当たらない。やる気はないが、自律的な意志は確固としてあるのだ。とにかく、私は、あの子が魔法に対する真剣な姿勢を持てるように指導せねば。せめて、最後の一年だけでも。それが、教師としてのつとめだ。
 くるりと、先生が生徒の方を振り返った。
「はい。それでは皆さん、ここで、実際の時魔法を見てみましょう。では……シルディ」
 先生は、生徒の一人の名前を呼んだ。
「はい」
 呼ばれた少女が、返事をして席を立った。
 耳の下までの長さの、赤銅色の髪の毛はつやつやと輝いて、ゆるくカールしている。瞳は深緑色で、落ち着いた賢そうな光を放っている。
 先生は立ち上がったシルディに、にっこりと微笑んだ。
「あなたは、時魔法が使えますね? シルディ。こちらに来て、やってみてください」
「はい」
 シルディは感じのいい笑みを浮かべて、先生の所にきた。
 先生は、教卓の上の一輪挿しに生けてあったキキョウの花を手に取った。
「これを、つぼみに変えてご覧なさい」
「はい」
 シルディは、先生から薄紫の花を受け取り、両手で持った。
 そして、静かな声を紡ぎ出した。

 全てのものに等しく流れる時の流れを、
 今この手の中で逆さに振らん
 流れは元に戻れども
 現れし時は、ここに留まれり

 呪文が終わった瞬間、キキョウの花は、白いもやのようなものに包まれた。
 優しい薄紫の花は、徐々に色味を失い白緑色になりながら、花びらが小さく、クルリと曲がり、形が縮んでいき、
 やがて緑色のつぼみになった。
 見ていた生徒たちが、わあっと騒いだ。
「よろしい! 大変よくできました」
 先生が、拍手と共に満面の笑みを浮かべてそう言った。
 シルディからキキョウを受け取って、先生は生徒に向き直る。
「皆さん、見ましたね? これが時魔法の一つ、遡上の時魔法です。咲いていた花が、時をさかのぼってつぼみに戻りました。ありがとうシルディ、席にお戻りなさい」
 シルディは、他の生徒から「すごーい」とか「やっぱり王宮で勉強してるだけはあるよね」とか言われながら席に戻った。自分の能力を鼻に掛けた様子も、気負っている様子もシルディにはない。落ち着いた笑みを少し浮かべて、褒めてくれた同級生たちに「ありがとう」と言った。
 生徒の騒ぎが少し収まると、先生は教科書を閉じながら言った。
「では、今日の授業はここまでにします。皆さんに課題を出しますので、次の時間までに調べてきてください」
 生徒達は先生の方に向き直る。
「そして、今日、黒板に書いたこと全部、次の時間にテストをします。あなたがたは、これらを覚えてくださいね? このテストは、時魔法の授業がある間は、ずっと続きます。前の授業の内容を、テストしていきます。」
 ええー! と、悲鳴があちこちで響いた。
 先生は意に介さずに微笑む。
「しっかり覚えてくださいね?」
 なぜなら、このような面倒は当然乗り越えねばならないのだから、この国で生きる以上は。そして、成長過程の子供達には、それだけの力がある。
「皆さん。時魔法はとっても大切な魔法です。実技の出来不出来にかかわらず、皆さんは、理論を完璧に覚えてください。マジックキングダムの大人たちで、時魔法の理論を知らない人はいません。本当ですよ。それくらい大切な魔法なのです」
 授業が終わった。
 生徒達は、宿題のことでわいわい騒ぎ始めた。
「大変だよ」
「どうしよう。授業、ぜんぜんわからなかった。ねえ、あなたわかった?」
「難しくてわからなかったよ。もう、黒板に書かれていたこと丸覚えするしかないのかな?」
 それぞれ、友達同士でそう言い合っている。
 リディアスはそれらの様子を無表情で一通り眺めやり、消えようとした。
「リディアス! ちょっと待って!」
 だが、それを引き留める者がいた。
 見ると、リディアスの方に、シルディが駆け寄ってくるところだった。
「ね、これから一緒に魔法の練習しない?」
「……」
 リディアスは、無言でシルディを見た。そしてこう思った。
 シルディが学校で魔法の練習をする必要はない。彼女は王宮で学んでいるのだから。きっと、先生に頼まれたんだろう。僕の面倒を見てくれと。
 だから、言った。
「シルディ、君はそんな必要ないだろう? 僕の方は、そうだな……これを見て」
 静かにそう言って、リディアスは、右手を広げて見せた。なぜか、そこには枯れた紅葉の葉がのっていた。
 それを両手の平の上で持ち直す。
「皆には内緒だよ?」
 とりあえず、そうクギを刺した。
「? ええ」
 シルディは、不思議そうにうなずいてから、それを覗き込んだ。
 他の生徒達は、自分がしなければならない宿題のことを騒ぐばかりで、誰もリディアスやシルディのことは見ていない。
 そして、リディアスの手の中で、枯れた紅葉は変化した。
 乾いて縮れた葉は、徐々に潤いを取り戻し、その色は、褐色から赤、橙、山吹色、黄色、そして黄緑、緑、最後に、黄紅色のやわらかな若葉になった。
 シルディは目を見開いた。
 リディアスは、表情なく口を開く。
「君と同じように、僕も勉強する必要はない」
 シルディは呆然とつぶやいた。
「……どうして、使えるの? 呪文もなかったよ?」
「さあね」
 リディアスは、そうつぶやいて消えた。

「シルディさんは、王宮で魔法を習っていたんですか?」
「ああ。同級生たちの中で、彼女一人。学校に上がる前から王宮で学んでいたようだ。彼女は有名だった。王の息子やエフィルがシルディを慕っているだろう? ルイルも、シルディには頭が上がらない」
 そこで金糸の君は一笑した。
「ルイルは、幼いころはシルディに叱られてばかりいたからな」
「そんな。あのルイルさんが、シルディさんに……」
 金糸の君は、森の梢を見上げて、笑った。
「まだ星をもらっていないころには、シルディは気象すら操ることができた」
 明理沙は感心すると同時に、複雑な気分になった。
 それなら、彼女は「シルバースター」になったとき、一体どう思っただろう。
「金糸の君、あの、」
 隣にいる銀星の主人に、思わず問おうと呼びかけたが、
「なんだ?」
 彼の、何にもとらわれることのない静かな瞳を見ると、それ以上何も言えなくなった。
「……、いいえ、」
 一体、この当事者たちに、軽々しく聞くことができるだろうか? 生まれてからずっと魔法の能力を押し隠されてきた者、生まれてからずっと魔法の力を存分に使い称賛された者。シルバースターと光輝の妖精に選ばれることで運命が逆転した二人。
 とても、自分が聞けることではない。
 そう思った明理沙は、別のことを聞いた。
「金糸の君、学校を卒業した後はどうされたのですか?」
「ああ……、まだ続きがあったな」




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