沈思の森が息づく島の突端にある、金糸の君の城。
「星の光で空が白い」
城のてっぺんで、光輝の妖精は、空を見上げてつぶやいた。
「見て、リディアス。白い夜だわ」
つい呼びかけてしまったが、やはり主の反応はなかった。
彼は、星の空ではなく、夜の森を見ている。
ふたりは、わかっていた。
今夜なにが起こったのかを。
「迎えに行ってらっしゃいな。あなたの銀の星を」
「いやだ」
姉のように勧める妖精に、金糸の君は首を振った。
「今行けば、張り倒されそうな気がする」
「ええそうね。そうなると思うわ」
光の妖精は、黒い森を見下ろした。
世界一の魔法使いは、白い夜空を見上げた。
「では私が行ってきましょう」
「……」
一声かけて、光は森へ。
一言もなく、魔法使いは空へ。
ふたりは、離れた。
同じ目的のために。
これからどうすればいい?
シルディは、森を見回した。
心も身体も疲労困ぱいしている。身体はもはや動かないが、心の方は、森によって否応なく揺らされる。
「一眠り、してみようかしら?」
とても健全な案を思いついた。
こんな森で眠れば、うなされるかもしれないが、まずは身体を休ませたい。心を休ませるのはその後だ。それは、森を出て時の流れにまかせるしかないだろう。
「うん。寝よう」
ことりと横になった。
土の匂いが鼻に入る。自分が森の一部にされていくようだ。
すぐに睡魔が訪れた。シルディはそれにすすんで飲み込まれた。
やがて、光の妖精が、こんこんと眠るシルバースターの上に輝いた。
「……寝てる、」
輝く貴婦人は、銀の星を見下ろして、呆気に取られて瞬きした。
「彼女は大胆な人だったのね……」
素直な感想をひとこともらし、でもすぐに、目元から流れた心の跡を見つけて、首を振った。
「そうね。そんなはず、ないわね」
どうかいい夢を、リディアスのシルバースター、と、耳元にささやいた。
「来たわね。だーいきらいなリディアス。うふふふ?」
虚無の闇の中で、銀の光を握り締めた少女は、現れた魔法使いを見て嬉しそうに嗤った。
「これが欲しいんでしょー?」
「どうしてお前はここに在れる?」
少女と青年は、同時に問いかけた。
ユエはにやにや笑って「さー? 知らなーぁい」と言った。
リディアスは返答しなかった。
だからユエは不機嫌になる。左の頬が一瞬、怒気でひくりと痙攣した。
「フン。捨てちゃおっと」
「不可能だ」
金糸の君が、つぶやいた。
「すでにお前の手から離れなくなっている」
「!?」
ユエは、驚いた。
そんなはずはない。
あたしはこれを「奪い取った」のだ。
元々相容れないこれを、無理に手に入れたのだ。
離れないはずがない。捨てるつもりなのだから。
「返せ」
リディアスが右手を差し出した。
ユエは舌を出した。
「べー! 捨てちゃうんだから」
冷たい愉悦の顔で、手の中の銀の光を見下ろし、さげすんで笑った。
「こんなツマンナイもの」
ユエは、シルディの力を、マジックキングダムにある自宅のゴミ箱めがけて放り捨てようとした。
「おうちのゴミバコ行きー!」
しかし、その銀光は金糸の君の言った通り、離れなかった。
ひたりと、それはユエの手のひらに留まったままで。
「!」
ユエは、手を振った。
離れない。
何度も手を振る。
「!!」
離れない。
ユエは、怖くなった。
「離れて!」
手首がちぎれんばかりに、激しく手を振る。
銀の光は、優しくとどまったまま。
怖くなった。
「い、
ユエの腕が、かたかたと震え始めた。
うでが、だんだんと、かがやきはじめた。
「いやだぁああぁー!」
しにたくない。
無くなりたくない。
わたしはわたしでいたい。
「返せ」
白く輝く手が伸びた。
それに、ユエがおののいた。
やめて、
そんな手で、
そんな白い手で、さわらないで、
わたしが、
わたしが無くなる。
「嫌ぁああ!」
虚無の闇。
少女は悲鳴を上げ、
銀の光と、
それをくっつけた左の腕を残して、
姿を消した。
その腕は、速やかに闇に溶けて消えた。
残った銀のひかり。
世界一の魔法使いは、それを両手に包んだ。
虚無の闇に、世界一の魔法使いと、シルバースターの光。
「シルディ……」
リディアスはつぶやいて、銀の光を、マジックキングダムを包む白い光に向かってかざし、そしてその身に受け入れた。
「……私のシルバースター」
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