女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



95 先王の死

「それからは、」
 シルディは、目を伏せた。
 その後の話は、カイに聞かせるにしのびない。
 彼の父の死。彼の妹の衰弱。
 しかし、私の目から見たこれまでの話を、明理沙にしなければ。
「それからは、……どうしてかしら、物事が悪い方に進み始めたの。元気だった先王が急な病に倒れた。そして、病気の悪化を食い止めようとした王女ティカも、」
 先王の最期の夜。
 わたしは、リディアスと一緒に、先王の枕元にいた。
 そこには、ティカとカイもいた。
 王女ティカは、時魔法の使い過ぎでやせ細って、姿がかすれた。
 王子カイは表情をこわばらせて、小さな声で間断なく独り言をつぶやくようになった。「僕は駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ……」と。魔法の力が極端に弱い自分の身を嘆き、自分を追い詰めて、心が壊れかけていた。
 王の家族が、壊れていた。
 リディアスは、それなのに、何もしなかった。
 王の病を快方に向かわせる魔法も使わず、政に口を出すこともせず、ただただ無関心に、空気のようにそこにいた。
 わたしは、居たたまれなかった。
 王家族の様子に心を痛め、リディアスの無関心に憤慨し、無力な私に腹を立てた。
「お父様、お父様、助けてあげる、かならずたすけてあ、……げ、」
 王の身体にしがみついていた小さく細いティカの声が姿が、かき消えた。
 時魔法の使いすぎで、もはや光差す場所には居られなくなっていた。
「ティカ!?」
 私はティカの居る場所に声をかけた。
 消える、無くなる、彼女が。小さな大魔法使いが。王の愛娘が。
「リディアスお願い、彼女を助けて!」
 なにもできない私は、リディアスに願う。
 彼は、冷たい金の瞳を、力なく眠る王の方から私へ向ける。
「……引き換えに、君は何を私に寄越す? シルディ」
 王を助けてと願った時にはにべもなく首を振った彼が、そう、条件を出してきた。
「何でもあげるから! お願い助けて! ティカを助けて!」
「何でも?」
 リディアスがわらった気がした。そのとき。
「わかった」
 言葉と同時に、ティカの姿が現れた。
「王子、光差さぬ部屋を見つけて、そこにかくまえ」
 リディアスはカイに命じた。
 カイは、父に向けていた暗い顔を上げて、世界一の魔法使いを見た。
「……え?」
 まるで死人のように。
「妹を救え。『光差さぬ屋敷』に連れて行け。それならできるだろう? 王の息子、カイ」
 リディアスは無表情に命じた。
「……わかったよ……できるよそれなら……」
 カイの口から、返事が床に零れ落ちた。
 少年はふらふらと動いて、人形のように動かない妹を連れて、部屋を出て行った。
「闇の部屋には入れないの?」
 私はリディアスにたずねた。『光差さぬ屋敷』とは、時魔法の副作用で姿を保てなくなった者たちが住まう屋敷だった。でもそこにいるのはまだ軽症で、それ以上になると、王宮にある『闇の部屋』でなければ消え去ってしまう。
「彼女は強い」
 リディアスは断言した。
「力も心も気もな。あれはまだ闇の部屋に入れられるほど絶望的ではない」
「う……」
 その時、昏睡状態だった王が、目を覚ました。
 まるで、
 子らが居なくなるのを、待っていたように。
「リディアス……よ、」
 王は、震える声を紡いだ。
「リディアス……、こ、ちら……へ」
 王は、彼一人を、自分の近くへ招いた。
 そして、彼になにかを耳打ちした。
 リディアスは、うなずいた。
 王は安心したように笑った。
 それが王の最期だった。
 彼の息子も娘も、そこには、いなかった。
 ただ、世界一の魔法使いとシルバースターだけが、彼の最期を看取った。
 その後、リディアスは王宮に近づかなくなった。
 日がな一日を、自分の城で寝て過ごすようになった。

「さっきカイから聞いて、初めてわかったわ」
「なにを?」
「リディアスの眠り癖の訳」
「……ああ、」
 正気に戻ったカイが、リディアスの部屋の前で言った言葉。
「あれはてっきり怠けているのだろうと、思っていたのだけれど」
 シルディはため息をつく。
「彼は力を蓄えていたのね。ほんとうに『三年寝太郎』だったのね。私は……、」
 シルバースターは、むうっと眉根を寄せてぼやいた。
「彼に騙されていたのかしら? まったく。私が毎朝毎朝叩き起こしていたのは、無駄なことだったのね」
 カイは苦笑して、「ううん」と首を振った。
「違うよ。違う。騙してたわけじゃないと思うんだ。けど、……うん、まあ、その、ううん、」
 しかし少年は口を濁した。
 シルディに甘えてたんじゃないかな、『怠け者』だと誤解されたままにしておいて、構われたかったんじゃないかな、と思うのだが。しかし、それは口にはできない。何せ自分は、彼女にとって弟のような存在だ。そんな自分が言っていいセリフではない、と思う。
「うん。そうだね、やっぱり怠け者、なのかも、」
 真意を言わないカイの口調は、だから鈍くなった。
「まあいいわ。もういいの」
 銀の星はそう言い切って、明理沙を見た。
「さあ、私の話は終り。明理沙、これが、私が見てきたことなの。参考にしてね?」
 明理沙はうなずいた。
「はい」




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