シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

7 舞踏会4 城への招待

「その姫、中身がお前でないというなら、一度会ってみたいものだが」
 流れるような足さばきで、王子は姫を舞の中へ導いてゆく。
 姫は、王子の守護天使のように、王子の腕に支えられながら、華麗に舞う。二人は、まるで楽園の中に生まれ育った天の寵児のように微笑みながら、大層不機嫌な言葉の応酬を繰り広げていた。
「あら王子。それは結構でございますけど。あまり余計な言葉を付け加えると、足を引っかけてあげますよ?」
「そんなもの、お前を抱き上げれば引っかけられようがない」
「うれしいわ。あなた主催の舞踏会で特定の姫にそんなことなさるなんて。そう。私と結婚してくださるのね?物好きな」
「抱き上げてバルコニーから投げ捨てる」
「まあ。そんなことしたら王子の立場が台なしで、うれしゅうございますわ。どちらに転んでも私に分がありますわね。さっさと転ばそうかしら」
「よせ。根性悪。」
「魔法使いにとっては最大級のほめ言葉ですわ。では明日、この姫をお連れいたしますわね。その気になっていただけて、わたくしうれしいですわ」
 王子は、優雅に微笑みながら、姫の手を取って、くるりと一回転させた。姫は花のように微笑んで、しなやかに軽やかに、ふわりと回った。
 しかし、交わされる言葉は冷たく刺々しい。
「その気になってもらってうれしい?何を企んでいる?」
「何も。ただ、運が良い方ねえ。と、思っただけです」
「運だと?一体、何の運だ?世話焼きの周囲よろしく、良縁の運ではないだろうな?」
「いいえ。王子」
 音楽が終わった。舞踏会場中の全ての者たちが、王子と姫に視線を奪われていた。
 王子に手を取られ、姫は薄桃色のドレスを風に揺らぐ霧のように揺らして、優雅に一礼した。
 そして、天女の微笑みで顔を上げて、言った。
「王子の命運の方でございます。この姫、カールラシェル教授の一人娘ですの。時計のことを、良く知っておりますわ。ですからさきほど、あのカールラシェル教授の未亡人が来たとき言ったでしょう?聞くなって。もしも彼女に時計のことを聞いていたら、全部おしまいでしたわ。あなたは、命拾いしましたのよ?フフフ」
「は?」
 王子は、あいた口が塞がらなかった。気づかぬうちに、この根性悪魔法使いによって綱渡りをさせられていたらしい。
「お前っ……!」

「ほら、ほら泣かないでちょうだい。さ、帰りますよ、可愛いローズ」
「うわああああん!王子様あああん!」
 王宮正面出入り口のところで、母は、泣きわめく肥満娘を持て余していた。
「さあ、馬車に乗って」
「いやよおおお!おうじさまああ!うああああああ!」
 とうとう、ローズは地面に座り込んでわめき始めた。投げ出された丸太のような両足を、どたばたさせた。
「ああ、ローズ。やめて。やめてちょうだい」
 王宮を出入りする者たちの珍奇な視線に晒されて、母はため息をついた。
「あなたたち。可愛いローズを馬車に入れてあげて」
 母は、まろやかな質感の薄い橙色をした馬車に乗っている御者と、馬車の乗り降り口に控える二人の従者に声をかけた。だが、三人とも、目を丸くして首を傾げるばかりだった。
 母は、舌打ちした。
「プリムラめ!手を抜いたわね!」
 訳のわからない雑言を口にしながら、母は3人に頼ることをやめ、ローズのフリルまみれのピンクドレスの裾を引っ張った。
「ほらローズ!帰りますよ!帰るの!」
「いやあああ!」
 ローズは頑として動こうとしない。母は無理にドレスを引いた。ビビビ、という音が、聞こえて来た。
 自分の衣服の異変に気づいたローズが、神経質な悲鳴を上げた。
「きゃああああん!お母様やめてん!せっかくのドレスがやぶれちゃうわん!」
「さっさと帰るのよ!」
「いやああ!」
 それはもはや、深窓の姫と保護者ではなく、ぐぜる幼児と奮闘する母親の様相を呈していた。
「可愛いローズ、お願いよ、」
 ドレスを破けば驚いて馬車に飛び乗りはしないだろうか、と、母が思い至った時、やや遠くから声が響いた。
「およしなさい。そんな乱暴なことをしては、愛らしいレディの可愛らしいドレスが破れてしまう」
 そこに、低く、背骨に響くような美声が響いた。母は、肩を震わせて声のした方を見た。十数段の階段の上、明かりが漏れる王宮の出入り口に、すらりとした中年の男が立っていた。
 先ほど、母と密談を交わした男だった。
「……」
 母は、声なく、その男を見上げた。
 口ひげを生やした男は、金銭的に裕福な特権階級が持つ余裕ある表情で、どこか攻撃的で好色な雰囲気の笑みを浮かべていた。
 男は、優雅な足取りで、階段を一歩一歩降りて来た。
「レディ。何がそれほどあなたを悲しませるのでしょう」
 男は、地面に座り込んでぎゃあぎゃあ泣きわめくローズの、もっちりした三重顎を、指先で持ち上げた。
 上げられた顔が男の方を向いて、視線が男を捉えると、男は成熟した男の持つ色香で笑った。
「さあ、泣かないで。繊細なレディ」
「……」
 それまで、収集なくわめいていたローズは、惚けた表情で、男を見上げた。
 男はローズの右手を取り、軽く口づけてみせた。
「きゃあっ!」
 ローズは驚いて手を引っ込め、母親を見上げる。
「おかあさまん!この方、私のこと好きみたいよ?私、一目ぼれされちゃったわん!いやーん!」
「そう」
 母の表情は、強ばっていた。ローズを見ているようで、実はローズの間近にいる男を見ていた。
 男は、マリーの体を縛るように見つめて、熱くそして狡猾に微笑んだ。
 言の葉に、ローズへの賛美を乗せて。
「かわいいレディ、あなたの城に、招待願えませんか?」

「夕方といい今といい!どういう根性をしているんだ!クリスティーナ!」
 王子と姫は、舞踏会場から引き上げて、王子の部屋にいた。
 魔法使いクリスティーナは、孔雀色の衣装を優雅に翻して、笑って見せた。
「心中でご推察のとおり、王子をからかうことに、生きがいを感じておりますの」
 王子は笑えなかった。
「私の、いや、王宮の命がかかっているのだぞ!からかうなら別のことにしてくれ!」
 クリスティーナは眉を寄せた。
「まあ。そんなにお怒りになるなんてがっかりだわ。最近の王子は、思い悩んだ暗あーいお顔ばかりされてらっしゃるから、このクリスティーナ、愛情を込めてからかって差し上げてますのよ?あなたの中に鬱積したものが、ぱあっと抜けますでしょ?」
 王子の肩が震える。
「余計なお世話だ!お前のからかいの八割方は、思いやりでなくて趣味だろう!」
「そのとおりです。でも二割は思いやりですわ。全くの趣味でないのが、惜しいところです」
「ああもう。めまいがしてきた。」
 王子は額を押さえて天井を見上げた。
「はいお疲れさまでした。それでは本題に戻りましょう王子。明日、教授の一人娘を連れてまいります。王子の捜し物が、これできっと、見つかりますわ。」
 暖かい笑みで王子を見ると、王子は、肩を落として表情を曇らせていた。
「なんてことだ。昔、教授は私にこう言った。『妻には知られないように、私の時計をお探しなさい。』と。だから、私はこう思った。妻に知られないように、ということは、教授の城以外のどこかに、この城と同じ時計があるのだと」
 魔法使いは、ただ、静かにうなずいた。
 王子は、苦い表情で、うつむいた。
「なのに、教授の時計を捜すための重要な鍵は、どうやら彼の住む城にあるようだ。教授は一体、何のつもりで正反対なことを言ったのだ?まさか、私に虚言を言って、この王宮を壊したかったのだろうか?」
「王子」
 クリスティーナは、彼の思考を遮るように、声を掛けた。
 王子は、伏せていた顔を上げて、魔法使いを見た。
 魔法使いは、少し悲しげな顔で、首を振った。
「そんなふうに思われないでください。明日になれば、きっと何かわかります。彼の娘から話を聞いて、それから、教授の思惑を考えてください」



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