シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

14 夢〜父娘の最期4

「お母様、お願いします!お医者様を呼んでください!」
 私は、化粧室に歩いてゆく継母の後を追う。彼女の後には、強い香水のかおりが引きずられてゆく。
「父様が目を覚まさないの!病気なの!」
 ようやく、化粧室の扉の前で、彼女は振り返った。
「うそおっしゃい」
 振り切るように、扉が閉められた。拒絶を表すように、ガシャリと、鍵がかかる音がした。
「お願いします!お母様!」
 私は扉を叩いた。
 開けないのならば、壊して穴を開けるつもりで叩いた。ドンドンドンドンと、腕も折れようかというほど叩いた。
 以前からいる召し使いたちが数人、そっと私の後ろに立った。
「奥様」
 年のいった召使が静かに呼んだ。
「お城の主は旦那様でございます。奥様が旦那様の大事をお聞きにならないのであれば、わたくしどもの方でお医者様をお呼びいたします。」
 そして、私の肩に手を置いて、「行きましょう、フロラ様」とほほえんだ。

 父様の大学から、お医者様がやってきた。すると、継母も血相を変えて、父様の部屋に入ってきた。
「まあ!あなた!あなた!」
 荒い息をして、目を開かない父様のすぐそばに来て、泣き出しながら座り込んだ。
「昨日まではあんなに元気だったのに!一体、どうして、」
 泣き声でそう言い、手で顔を覆って泣きじゃくる継母を、態度が豹変した継母を、私は恐ろしい気持ちで見ていた。
 父様を診察したお医者様は、苦笑しながら継母に言った。
「昨日まではあんなに元気ですと?何をおっしゃるのです。そんなはずはない」
「え?」
 継母は、涙に濡れた顔を上げた。なんとも言えない、不思議な気味の悪い表情をしていた。あの表情をなんというのか、私は、未だに、わからない。
 お医者様は、首を振った。
「今日がこれでは、昨日は立っているのがやっとなほどだったはずです。そうではありませんでしたか?奥方様」
「え?」
 継母の頬が、歪んだ。
「はて。奥方様は、お聞きになってらっしゃらないのですか?」
「な、何を、でしょうか?」
「いいえ。大したことではないのですがね。奥方様が御存じないのでしたら、それで構わないのですよ」
「あの……、何の話ですの?この人の妻として、是非、聞いておきたいのですが」
「……。いいえ。仕事に関することですので、むしろあなたのお耳に入らなくて当然です。気になさらないでください。職務上のことですから」
「そう、ですの?」
 わたしは、お医者様と継母のやりとりを、心の端の端の方で聞きながら、父様を、体全部で見て、聞いていた。
 父様、
 寝具から出ている、父様の熱い右手を、私は両手でにぎり、頬を当てた。
「この状態で、何の設備も無い場所に、ただ眠らせておくのは危険です。病院の方に運ぶことにしましょう」
「え、で、でも!でも、あの、主人はこの城にいたいのだと思います。やはり自分のお城が一番なのだと思います。ですから、」
「医者の言うことが聞けないのですかな?医者の処置に否を唱えると?ここでこうしているだけなら、もうあと一日も持ちませんよ。それに、あなたのご主人は家屋敷にしがみつく人ではない。寝食よりも研究が好きな方だ。この城も、たしか、研究のために購入したものと聞いております。彼には、まだ生きて行いたい研究が山とあるのです。学問を探求する同志として、その思いをくじくわけにはいきません」
「……」
「ご理解いただけましたかな?奥方。君たち、これから教授を病院に搬送する」
 お医者様は、一緒に来ていた人たちに指示して、父様を運び出す。
 私は、父様の手をにぎったまま、お医者様にお願いした。
「父様を助けてください。元気にしてください」
 父様よりずっと年を取ったお医者様は、うなずいて笑ってくれた。
「うん。頑張るからね。あなたの大切なお父様を、神様が連れてかないように、頑張るからね」

「フロラ、」
 私は娘を呼んだ。
 どこにいるのだろうか?泣いてはいないか?いつの間にか離れていたようだ。フロラはどこだろう。
「父様!」
 ああ、フロラだ。胸にすがりついてきた小さな命。最後まで、そばにいるから。
「フロラ、」
 たしかに抱き締めているのに、姿が見えない。ああ、ここまでなったか。もうすぐ終わりかもしれない。この子を残して、この子を残して、私は旅立たねばならないのか。
「愛しいフロラ。父様、フロラのそばにいるからね」
 かなうなら、このまま、この状態でいいから、生かしてくれ。生きさせてくれ。せめてフロラが、一人で生きられるようになるまで、

 父様は病院に連れて行かれた。私はずっとそばで手を握っていた。
 熱で真っ赤になった顔。荒い呼吸。お医者様が使う道具が、たくさんつけられた。それを見ると、父様が遠くに行きはじめたように感じて、私は泣いた。
「父様、父様」
 大きな声を出したら、それだけで父様がどこかにいってしまいそうな気がして、私は、小さな声で何度もつぶやいた。
 ずっとさわっていたい。ずっとそばにいたい。どうして病気になったんだろう。
「お嬢さん、ほんのちょっとの間、離れてくれない?お父様の治療をするからね」
 そうっと、私に声が掛けられた。お医者様と看護の人達が、私を安心させるように優しくほほ笑んでいる。
 私は父様の手を離した。
 お医者様が、私と父様の間に入った。
 眠っている父様を見て、彼らは何か話し始めた。難しい言葉や聞いたことのない言葉が次々に出てくる。私は聞き耳を立てても、まるでわからなかった。ただ、父様を見る私と同じ顔をしていた。ああ、と思った。思った瞬間には、口に出ていた。
「父様を助けてください。お願いします」
 看護の人の一人が、はっとして私を見た。少しほほ笑んだ。
「お父様、がんばってらっしゃるよ。私たちもお父様が良くなるように、頑張るからね。お嬢さん」



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