プリムラの部屋に連れもどされたシンデレラを、4人の召使いが取り囲んだ。再び薔薇の湯を浴びせられ、包帯を替えられた。
飾りのない白い絹のドレスを着せ付けられ、髪を下ろされ、寝台の上に置かれる。
「きれい……」
暗い銀のドレスに着替えたプリムラが、寝台にのりかかる。
白く輝くドレスの裾の中に右手を差し入れて、右足をつかんだ。
「っ!」
シンデレラの肩が痛みに震える。
「プリムラ、話を聞いて、」
プリムラはシンデレラの肩に手を掛け、寝台に倒す。
「いいわよ話しなさい」
シンデレラはドレスの胸の前で自分の両腕を組み絡めた。懐には鍵がある。プリムラに見つかって取り上げられる訳にはいかない。シンデレラに湯あみをさせた召使たちは、なぜか、これを取り除かずにそのままにしておいてくれた。
「私は、城のからくりの調整を、父からまかされたの」
シンデレラは話す。父との約束を。
プリムラは、返答もせず、相槌もうたず、シンデレラの両肩を掴む。顔を傾げて、シンデレラの白金の髪に口付ける。
「この城には、父の作ったからくりが張り巡らされているわ。……あ」
シンデレラは声を詰まらせた。プリムラの紅い唇が、シンデレラの首筋をなでた。
「やめて、」
シンデレラはプリムラの身を離そうと、両手でプリムラの肩を押す。
プリムラはシンデレラの首筋に歯を立てた。
「っ、やめて、プリムラ」
「物の言うことなんか聞かないわ」
プリムラが含み笑いを混ぜて、シンデレラの耳にささやいた。そのまま、繊細な作りの菓子を食べるように、柔らかい耳朶をそっと噛んだ。
「いや!」
シンデレラは力任せにプリムラの体を押し離した。プリムラは眉を寄せると、シンデレラの両腕をつかんで寝台に押し付けた。
真っ白なドレスのシンデレラの上体にまたがって、腕を押さえ付け、暗い銀のドレスを黒真珠のように輝かせながら、プリムラはひたりと見下ろして嗤った。
「懐かないところがとても可愛いけど、でも、それだけじゃないように躾けてやるわ。きれいな顔をして、私なしじゃいられないようにしてあげる」
シンデレラはプリムラをきつい瞳で見上げる。
「私はあなたの所有物じゃない」
プリムラは、シンデレラにナイフを突き付けるような鋭さですらりと見る。
「もう買った後だわ?」
「成立する契約じゃない」
「そんな顔をしてても、私が欲しいと懇願するような子にしてあげる」
「私はもうこの城にいる必要はないの。出て行くわ。誰が何をしようとも」
「そう。出て行けるような体にはしてやらないわ」
プリムラはシンデレラを組み伏せた。
シンデレラは表情を動かさずに、冷たい人形のような顔で抵抗する。プリムラは舌打ちした。
「力の強い子ね。こき使ってたせいね。掃除洗濯なんか、召使いにやらせればよかった。天井裏に閉じ込めて置けばよかったわ」
右手でシンデレラの首を押さえ付け、左手で、膝立てになっているシンデレラの左足を強く握った。
「っあ!」
シンデレラが身をよじる。プリムラは目を細めて笑み、両手を捕らえて脇に退け、シンデレラを檻に込めるように乗り掛かって、唇を塞いだ。
「!」
シンデレラは首を締められたかのように暴れた。しかしプリムラは縫い付けるようにシンデレラの体を寝台に押さえ込んでいる。
「いや……っ、止して、」
わずかに唇が離れたときシンデレラが叫んだ。プリムラはやんわり首を振る。
「馴らしてあげる」
「プリムラ、」
再び口づけられようとする前に、シンデレラは言った。
「私が、この十年間ずっと、夜に塔へ上るのを知ってる?」
色の違う話に、プリムラは手を止めた。
「それが、どうしたの?」
シンデレラはかすかに息をついた。
「毎日、私が塔の上のからくりを調整しないと、城は崩れるの。一日に一カ所ずつ」
プリムラはわずかに瞠目した。
「なによ、それ」
シンデレラはプリムラを見上げる。
「父の言い付けよ。嘘ではないわ。証拠に、わざわざガラスの靴で、塔に上ったでしょう?日付が変わる前に、調整をしなければならないの」
「……」
プリムラは、シンデレラの長く広がる髪をすいた。
「ねえ。最後には城が崩れるの?」
「そうよ」
プリムラはまた髪をすいた。不思議に静謐な顔をしていた。子守歌を聞くような。
「一日に、一カ所ずつ?どこが崩れるか、わからないの?」
「そうよ。だから、私を放して。城はあなたたち親子にやるから、父との約束を、守らせて」
プリムラは、首を振った。
承諾ではなかった。
「素敵、」
プリムラは、月夜に草葉から落ちる夜露のように、つぶやいた。
「プリムラ?」
怪訝な顔をしたのはシンデレラだった。
プリムラは再びシンデレラに覆いかぶさった。そして、静かに顔を寄せた。
「いや、」
拒むシンデレラに、プリムラは強要することはしなかった。
ただ、シンデレラの頬を包んで、ささやいた。
「素敵。あなたたち親子は、私によろこびをくれるのね」
シンデレラは、プリムラの表情に、美酒に酔ったような表情に、いっとき、言葉を失った。
「……プリムラ?」
プリムラは嗤った。
「それなら、あなたをここに閉じ込めるわ。城と一緒に死にましょう?私があなたに、他に何もいらないくらい快楽を与えてあげる。今がいつなのかわからないくらい、快楽をあげる。二人で死にましょう?」
シンデレラは、凍りついた。
「あなた、正気?」
プリムラは間近で嗤う。
「さあ?だけど、私は明日なんてないの。私には何もない」
「何を言っているの?プリムラ?」
「私はね、」
プリムラはシンデレラの両肩をつかんで、寝台に静めた。不思議に、優しい微笑みを浮かべていた。
「隠れる家がないと、生きられないの」
「いや、」
「帰って来てたのか、魔女め!」
突然、部屋に男の叫び声が響いた。
プリムラは、シンデレラから身を離して振り向く。
そして寝台から出て、扉を開けて仁王立ちになっている男を見てくすりと嗤った。
「魔女?」
シンデレラのつぶやきが、耳に入った。
プリムラは振り返って、笑った。
「そうよ?」
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