シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

48 組み合わさる過去2

「何を、知っているの?」
 フローレンスは、よろよろと処置台を降りた。
「駄目だ。歩いては」
 隣に立っていた王子が、フローレンスを抱き上げた。
「駄目よフローレンス!」
 クリスティーナが叫んだ。
「その魔女のそばになんか行っては駄目! 王子、フロラを連れて行かないでくださいな!」
 フローレンスは首を振った。
「クリスティーナさん、違うんです。プリムラだって、あの継母に」
 そこまで言って、フローレンスは口をつぐんだ。
「何を言ってもいいのよ、フローレンス」
 プリムラはが言った。他人事のように。
「減るものではないわ」
「いいえ」
 フローレンスは首を振って、立ちつくす王子を見上げて、儚げに笑った。
「降ろしていただけます? 私、行かなければ」
「いいや」
 王子は息をついて微笑み、フローレンスをプリムラの所へ連れて行った。
「恨みますわよ王子」
 クリスティーナの暗く重い言葉が、王子の背中に突き刺さる。
 王子が恐る恐る背後を振り返ると、射殺さんばかりの視線が目に入った。慌てて目を逸らす。
「さ、話すといい」
 王子は、フローレンスをベットの上の足元辺りに降ろした。
「ありがとうございます、王子」
「そんなことはいいのだ。それより、後でクリスティーナにうまいこと言っておいてくれないか?」
 王子を見上げると、彼の頬は薄青くなって引きつっていた。魔法使いに恐れをなしている。
 フローレンスはうなずいた。
「はい」
「ああよかった」
 フローレンスの返事に安心し、あからさまに胸をなでおろす王子を見て、フローレンスは微笑んだ。
 と、その途中で、引き寄せられた。
「来て、」
 プリムラが上体を起こし、足元に座っていたフローレンスを抱き寄せた。
 これがないと寝付けない幼児のように、プリムラはフローレンスを強く抱き締める。
「プリムラ、やめて、」
 強引な抱擁に、フローレンスはくぐもった声を漏らす。
 王子は、それを見て硬直した。
「あ……」
「あなたのためにも、連れて行かない方が良かったのですわ?」
 いつの間にか隣に来たクリスティーナが、憎々しい声を出す。
「魔女はこれだと思った相手を、確実にかどわかせるのです。それが、魔女がすぐさま殺される所以です。傾国の美女とは、魔女のことですもの」
 王子は、油の切れたゼンマイ人形のようにぎしぎしと首を回して、クリスティーナの横顔を見た。
 怒りで、魔女のこめかみには青筋が浮いていた。
「す、すまない」
 王子の言葉も、クリスティーナの耳には入らない。刺すように二人を見て、凍りつくような言葉を漏らした。
「折りを見て引きはがしてやる」

 プリムラはフローレンスの髪に頬擦りする。しかし、その途中で、プリムラは苦しそうに喘いだ。
「プリムラ?」
 ふらりと傾いだ体を、フローレンスが支えた。
「駄目だよ、あまり動いては。ひどい出血だったじゃないか。安静になさい」
 医師が心配そうに近寄ってくる。
「ここにいて、」
 プリムラは、フローレンスの肩をつかんだ。フローレンスはプリムラの背中にそっと手を回して支えた。
「わかったわ。あなたは横になって」
 フローレンスはプリムラの髪をすき、彼女の両肩を支えてベットに寝かせる。医師がプリムラの背に手をあてて、それを助けた。
「教えて」
 プリムラのかたわらに座ったフローレンスは、彼女を見下ろした。
 プリムラはフローレンスの右手を取って、口元に当てた。
「いいこと。あなたの父親はね、病気で亡くなったのではない。毒を盛って殺されたの。私の母にね」
「!」
 フローレンスが凍りついた。
「やっぱり……。やっぱりそうだったの」
 クリスティーナはつぶやいた。
 ベットの隣、プリムラの枕元に立つ医師が、尋ねた。
「証拠となるものが、何かあるだろうか?」
 プリムラはうなずいた。
「ええ。今なら、まだあるわ。私たちの住まいの化粧室にある。扉に鍵をかけて来たわ。その鍵は、どうやら断崖から落ちたときに無くしたみたいね。扉は、壊せばいいわ」
 医師は重ねて聞いた。
「毒の正体が何か、知っているかい? どうやって、カールラシェル教授に毒を漏ったのかも、知っているだろうか?」
 プリムラはうなずいて、医師を見上げる。
「毒は、魔女が自分の血液から造ったもの。造り方はわからないけれど、私の父がそう言っていたわ。見た目は真珠にそっくりだった。私の父は、それを私に託して死んだ。母は、それを盗んで、フローレンスの父に飲ませた。お茶に溶かして、10時と3時に出し続けた。毒は、酒に溶かせば急性毒になって速やかに命を断ち、水に溶かせば遅効性の毒になって、体を蝕んでいくの」
 プリムラは、顔を覆っているフローレンスの手を取った。
「……フローレンス、そういうことなのよ。あなたたちの幸せな生活を奪ったのは、母と、私。母は毒を盛った。私は、知っていたけれど止めなかった」
 フローレンスは、冬の冷雨に打たれたような表情で涙を流していた。しかしかすかに首を振った。
「十年前、あなたはまだ十歳の子供。止められなかったのでしょう? 止めたら、きっと、あなたは捨てられた」
「どうかしらね」
 プリムラは目を伏せて首を傾げた。
 実の娘を男に宛てがい、斧を突き立てるような女が、しないわけはなかった。
 フローレンスは涙を拭いた。
「父のことは、……、言いようがないけれど。あなたを責めるのは違う」
 実の母に殺されかけたにもかかわらず、プリムラは平然としている。子供がそうなるだけの、母親なのだ。
「馬鹿な子ね」
 プリムラはつぶやいた。憂いを帯びた顔には、嘲笑も嗤いも、浮かんではいなかった。



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