「ははあ。これはこれはまあまあ……。ありきたりな言葉で申し訳ないが、無理はいけませんぞ無理は。安静になさいね。動いてはなりません。これは切り傷ですが、甘く考えてはいけません。化膿でもしたら大変だ」
フローレンスの包帯を解いて、典医はじいっと足の具合を診て消毒をした後に、保護剤を塗り付けて、包帯を巻き上げながら、そう言った。
「はいおしまい」
のんびりした調子をつけてそう言って、典医は立ち上がった。にこにこ穏やかに微笑んでフローレンスを見て、次に同じ顔をしてクリスティーナを見た。なにやら、近所の世話好きな子供好きのおじさんのような、気さくでほんのり暖かな雰囲気が漂っている。
「しっかり世話をなさいね。クリスティーナ。ケガの場所が場所だから、安静にね」
「はい。御足労いただいて申し訳ありません」
クリスティーナも、相手のなごやかな雰囲気になじむように微笑んだ。
「いやいや。なんのなんの。ではお嬢さん、お大事にね」
「ありがとうございました」
「それじゃ、王子」
典医は王子に向かって軽く会釈した。王子はうなずく。
「ありがとう」
典医はにこっと笑い、ひょこひょこと部屋を出て行った。
入れ替わるように、王立病院の院長が来た。黒髪を後方になでつけ、細い目にはメガネをかけた壮年の男だった。ずいぶんがっしりした体型をしていて背が高い。そして、あちこちがわずかながら汚れた、医師が着るには不思議な形の白衣を着ていた。
「わざわざ御足労いただき申し訳ありません」
王子が言うと、院長はうなずいた。
「いつものことですな。して、今日はあなたの兄上に、どんな無茶な命令をさせるために呼び付けたのですかな?」
「手厳しいが的確なご意見だ」
「感心はけっこうです。その態度を改善していただきたい。さっさとおっしゃって下さい。私は忙しいのです。やりたいことが沢山あるのですから」
「これは失礼。兄に午後から休みを取ってもらいたいのです」
「なんと」
院長は、大仰に息をついた。
「そんなことのために、私を呼んだとは。使いの者を立てて、私あての伝言を頼めば良いではありませんか」
「申し訳ない」
院長は、ばきばき音を立てて首を回しながら、部屋を後にする。
「院長、」
王子は部屋を出る院長に声を掛けた。
「今日はどちらにいらしたのですか?」
院長は、にやりと笑って振り向いた。
「王宮の厨房ですよ」
「昨日は?」
「王室の厨房です。いや、桃のケーキが実にうまくできた。昼食にでもご賞味下さい王子。さてと、趣味はここまでにして、ひさしぶりに職場復帰するか」
院長は、長いコック帽を頭から外して、意気揚々と部屋を出て行った。
王子は肩を竦めた。
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