シンデレラ2

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

65 終の棲家6

「どう?」
 クリスティーナは、階段の上り口に立っていた。彼女に左腕をつかまれたプリムラは、ぐったりと床に座り込んでいる。
 医師は、床に膝をついて、血の海に倒れている血まみれの人を見た。
「ひどいな」
 首に手を当てて、脈を取る。脈はなかった。皮膚はすでに冷たかった。閉じた目を開くと、瞳孔が開き切っていた。腹にそっと手をのせてみる。沈み込むほどやわらかかった。
「階段から落ちた、だけではないな。腹部や胸部が何かに強く圧迫されたようだ。既に亡くなっている。……もう手のつくしようがないよ。向こうも、駄目だろうな」
 医師はつぶやいて、立ち上がり、階段に仰向けに倒れている男の方へ向かった。
「何があったんだ、一体」
 医師は男のかたわらに膝をついた。
 脈を取った。ない。皮膚は冷たい。目を開かせると、瞳孔は光に反応せずに、開いたままだった。手足が骨折してあちこちを向いていた。
「こっちも駄目だな。階段から落ちて、ここまで這い上がったのかな? よくもまあこの状態でここまで上がれたな。そしてここで力尽きたか……。まあ想像でしかないな」
 医師は立ち上がり、二つの遺骸を見下ろした。
「気の毒だが、このままにしておこう。こんな状況で事故死とは言えない。後で警務官に捜査してもらうことになるだろうから」
「これは誰なの? プリムラ」
 クリスティーナが問いただした。
 プリムラは、うつむいたままつぶやいた。
「床にいるのが母。こっちが、私たちを囲いにきた男」
「お母さんなのか……。お気の毒に」
 医師が困惑した表情でそう言うと、プリムラは苦笑して首を振った。
「さあ、気の毒かしらね? 私は、悲しくないし、それに、彼女がどうやって死んだのか、想像に難くないわ」
 向こうから、フローレンスと王子がやってきた。
「あんまり、見て気持ちのいいものではないわよ、フローレンス。王子」
 クリスティーナが首を振りながら声を掛ける。
「寝覚めが悪くなるわ」
 床に座り込んでいるプリムラは、顔を上げずに、フローレンスに言葉だけを寄越した。
「あなたの父親を殺して、あなたを苛め抜いた女の成れの果てよ。……笑ってあげたら?」
 フローレンスは二人の無残なむくろを、ただ見つめていた。
「フロラ、大丈夫?」
 王子の気遣わしそうな声が響く。
 フローレンスはうなずくだけだった。ただ、静かに、父の二度目の妻の遺体を見下ろした。
 彼女が、父に対してし続けてきた、追従の微笑みがフロラの脳裏に浮かぶ。あの、卑屈なほどの微笑みの裏で、父を殺す算段をしていた。
 そして、今も聞こえる。父がいないときに、まるでかたきのようにフロラに酷くあたる金切り声が。
「羽目の外れた、人……」
 フローレンスはつぶやいていた。
 ようやく大きな嵐をやり過ごした、そんな顔をしていた。



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