「二十年前に、場末の酒場で、女を買わなかった? マリーという名前よ。茶色の髪で、そこそこ見目の良い、男にしなだれかかるのが上手な」
プリムラの直接的な問いかけに、舟人は、面食らった。
「へえっ? なんで、そんなことを、聞くんだ?」
「あなたの顔に良く似た子を、知っているからよ」
この魔法使いの言葉には、飾りがない。
「私には、死んだ妹がいるの。父の違う妹よ。彼女の父が、誰なのかわからないの。その子、あなたや、お孫さんに、そっくりなのよ」
「……」
あの、何もできない、食欲しかない、グズでバカな妹。灰色の城で、実の母に利用されて、無様に死んでしまった。
プリムラは、男を見た。そして孫を。
二人とも、純朴な、濁りの無い目をしていた。
……もしも、彼が父親だとして、彼に引き取られていたら、あの子は、違う生き方をしていた。
「あー、うー、二十年前、二十年前かあ……」
男は、聞かれるままに、記憶をたどっている。
女性の遍歴を聞かれたというのに、ごまかすことも怒ることもしない。真剣に、思い出そうとしている。
「場末なあ、場末……。あ!」
それまで、頭をひねくっていた男は、声をあげた。
「一ヶ月分の儲けで買った女がいたぞ! たしか、茶色の髪の、こぎれいな女だった。俺なんかにもおしとやかにしてくれる、大人しい、いい女だったー!」
金の巻き上げ方の荒さ、そして、猫かぶり。プリムラの母にそっくりだ。
「それは、いつごろなの?」
「ちょうど二十年前くらいだ。あの女に会ったのは、後にも先にも一度きりで、それきりだったけども」
子を身ごもって、それで酒場に出られなくなったのだ。
「そんなに、そんなに、その子は、俺に似てたのか?」
舟人は、くいいるように、プリムラを見た。
見れば見るほど似ている。太った体、丸い顔、はれっぼったい目、厚い唇。
「とても良く似ているわ」
「いつ死んだんだ? いくつで?」
「五年前よ」
そうか、と、男は、うつむいた。
「うちの末っ子より、もっと末っ子が、居たんだなあ……。幸せに暮らしたんか?」
プリムラは、目を伏せた。
「衣食住に不自由はなかったわ。死ぬ少し前までは、幸せだったわね」
ほっとしたように、男は笑った。
「そうか、幸せだったか。だけど、会ってみたかったなあ……」
最後に地獄を見たとは、言えなかった。
代わりに、プリムラはこう言った。
「もしも、生きていた時に、妹が、あなたと暮らしたいと言ったとしたら、あなたは、どうする?」
「引き取るとも! 子どもは、俺の宝なんだよ。俺は、大事な子ども達と、一生懸命働いてきた。貧乏だってなんだって、子どもと一緒に笑って暮らせれば、それでいいんだ」
即座に、男は答えた。
「それを聞いていたら、あの子、とても喜んだと思うわ」
誰にも望まれていない子どもだと思っていたが、父親に望まれていたのだ。だから、母の思いに阻まれずに、生まれてきたのだと、思いたい。
「墓の場所を教えるわ。暇なときにでも、行ってやってくれないかしら?」
うん、うん、と、舟人はうなずいた。
「必ず行くよ。子どもをみんな連れていく。それで、それで、その子、名前はなんていうんだ?」
「……ローズよ」
「きれいな名前だなあ」
男は嬉しそうに笑った。
「ローズか。ローズ。うん、わかった。墓に会いに行くとも」
あの子には、こんな父親がいてくれた。
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