シンデレラ2 後日談3
axia 〜 天女降臨/魔女墜落 〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)

28 石の磨き方

「何を手こずっているの! 通常業務もできないの?」
 王宮から河に降りる小道に立つと、魔法使いは眼下の船着場に立つ弟子を嗤った。
「この役立たず。そこの氷付けの半身魔女と一緒に狩ってやろうかしら?」
「お姉ちゃんが可哀想、」
 魔法使いクリスティーナに抱き上げられたプリシラが、泣き声を上げた。
「おばちゃん。どうして、お姉ちゃんが凍ってるの?」
 クリスティーナは、つくづくと氷を見て、また幼児を見た。
「……。プリシラ? 私と、あの『凍ったお姉ちゃん』の、どちらが年上に見えるかしら?」
「お姉ちゃんの方」
「では、どうして、私が『おばちゃん』で、あんなのが『お姉ちゃん』なのかしら?」
 プリシラは「それはね」と、にっこり笑った。
「最初に橋の上で会った時にね、お姉ちゃんが言ったの。『私をおばちゃんと呼ぶのは止して。私は、おばちゃんじゃなくって、お姉ちゃんよ』って。だから、『お姉ちゃん』なの」
「あの糞魔女、姑息な手段を」
 王宮魔法使いが歯軋りをして、冷酷な目で眼下の氷付けを見下した。
「よくわかったわ。じゃあプリシラ、おばちゃんと一緒に、あなたのお友達の『おねえちやん』に会いに行きましょう」

「生ぬるいガキねえ」
 船着場に下りてくるなり毒づいた師匠は、なぜか幼児を抱いていた。
 プリムラは、その正体不明の幼児が気になった。だが、聞いている場合ではない。
「よくも、あの魔女に私の名前を教えたわね」
 まず、至極まっとうな非難をしたが、鼻先で嗤われた。
「たかがそれくらいで、こんな仕事一つできないなんて。呆れた未熟者ね」
「できないですって? 河の調査はしたわ。そして魔女を捕らえた。私は、あなたから命じられた仕事をした」
「わかってない。どうしてこうも馬鹿なのかしら、このガキは」
 師匠の冷たい銀の瞳が、弟子の凍った瞳を射抜いた。
「それで終りじゃない。狩れと言っているのよ。それが仕事でしょ? 魔女が関わっていたら、狩るの」
 そして、預けた石に目をやった。
「磨けと言ったのに、そっちも、まあ、随分と甘ちゃんな撫で方ねえ。お貸し」
 プリムラから、球形になった石をひったくると、クリスティーナは右手の上で、残酷なほど大胆に砕き割った。
「……」
 そのやりかたは、「磨く」ではなく「壊す」ではないのか、と、弟子は思った。
 しかし、散った石の残骸の中には、優しい桜色の輝きが生まれていた。
 師匠は、手の上に現れた美を、顎で示した。
「ここまでして見せればお分かり? これが、『磨く』と言うことなの。まったく。誰も彼も過保護なんだから。これでは先が思いやられるわね。さっさと受け取りなさい」
 砕け散った赤褐色の石のかけらの中に、見事に研磨された楕円形の薄紅の宝石があった。親指の先ほどの大きさの。
 プリムラが受け取ると、幼児を抱いた魔法使いは、手の上の石くれを、地面に振り捨てた。
「お姉ちゃんは、魔女?」
 プリシラが、プリムラを見ていた。
 抱いているクリスティーナが、凶悪な顔で弟子を睨んだ。
「プリシラ。このクソガキのことは『おばちゃん』でいいのよ『おばちゃん』で」
「ううん。あの人は本当に『お姉ちゃん』だよ?」
 小さな子は、きょとんとして首をふり、否定してのけた。
 そして、また、プリムラを見た。
「ね、お姉ちゃんは、魔女なの?」
「この子、何?」
 プリムラは、幼児の銀の瞳に気付き、怪訝な顔をした。
「子どもなのに……魔法使い?」
「勘だけはたまに冴えているから、むかつくのよねえ」
 師匠が舌打ちする。
「お姉ちゃんは、」
 プリシラが、そっと手を伸ばした。
 プリムラの金の髪に触れる。
「お姉ちゃんはね、おばちゃんの言うことを、もっと、ちゃんと聞かなきゃ、だめよ?」
 幼児が、あやすように、若い王宮魔法使いの頭を撫でた。
「何ですって?」
 師匠が関わると、子ども相手にでも不機嫌に聞き返すプリムラを、しかし、小さな魔法使いは見ていなかった。
 桜色の輝きをじっと見つめていた。
「でないと、もうすぐ来る赤ちゃんを、守れないよ?」
「なんのこと?」
「プリシラ、いいのよ。馬鹿なガキが馬鹿なのは、自己責任なのだから」
「……どういうこと?」
 言葉の消化不良を起こしたプリムラだったが、師匠は構わず次なる命令を出した。
「あんたは、とっとと仕事を片付けなさい。まずは、その半分になっている魔女を、狩るの」
「待ちなさいよ。この魔女は、師匠が最初に操っていたのでしょう? だから、狩るのはあなたでしょう?」
 眉をひそめた反論に、苛烈な視線が返された。
「口答えする気なの? このプリシラにさえ、小さな小さなプリシラにさえ、たった今、あんたは指導されたところでしょう? あんたは私の言うことに絶対服従するべきだと」
「その後に聞こえた『赤ちゃん』って、何のことなの?」
「それ以上無駄口を利くと絞め殺すわよ? あんたがその減らず口を向ける先はあの魔女よ。さっさと唆して狩りなさい」



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