「ファウナ。ちょっといいか? 家に帰る前にお前の様子を見てくれと、皆から頼まれたんだが」
宵の口に、ファウナス王子の部屋へ、当直を終えた医師が入ってきた。
私服姿で。怪訝な顔をしている。
「どこか具合が悪いのか? そうは見えないようだが」
「え?」
王子は、兄の来訪と、掛けられた言葉に驚いた。
「どうして?」
次に、春爛漫喜色満面の、一点の曇りすらない微笑みを浮かべた。
「ハハハ。僕は元気だよ? どこも悪くないし、いや、むしろ逆に気分が良すぎるくらいだけど?」
医師は、ぽかんと口を開けた後に、言った。
「どうしたんだ、ファウナ……? どこか具合が悪いんじゃないのか?」
それまで扉付近にいた医師は、いてもたってもいられずに、部屋の中に入ってきた。
部屋の奥で椅子に座り机に向かっていた王子に急ぎ足で近寄ると、額にさっと手を当てた。
「熱はないな。……しかし、ありそうな口をきいているが……」
「僕は元気だって。兄さん」
「しかしお前」
兄は、眉間にしわを寄せて、弟を見下ろした。
「じゃ、何がそんなに可笑しいんだ? そんなふうに緩みきった笑いを浮かべるお前じゃないだろう?」
王子は、兄の問いに「ハハハハ!」と笑った。
「!」
医師は、思わず、弟の額に当てていた手を避難させた。
明るすぎて、こわい。
王子は、今度はしみじみ笑う。
「兄さん、明日があるって、素敵なことだよね。ああ、明日はどんな良いことが待っているんだろう」
「は?」
「というよりも、まずは今日という日に感謝しなければね。今日があるからこそ、いや、過去があるからこそ、明日という日があるんだ」
なにやら深そうなことを口にし始めた。
「……おい、ファウナ?」
「人生って素晴らしい」
「しっかりしろ! どうしたんだファウナ!」
医師は、王子の肩をつかんで前後に揺さぶった。
「どうもしないよ? 変な兄さんだなあ」
ファウナ王子は、がしがし揺らされながらも、すっかり笑っている。
「いいや。変だぞお前。何かあったのか!? すっかり悟りきってしまって」
微笑みを絶やさないファウナス王子に、医師は寒気すら感じる。
「まさか……! クリスティーナか? クリスティーナに何かされたのか? もしや、何か一服もられたんじゃないのか?」
この異常事態はそうだとしか思えず、兄は怒った。
「あいつ……! 私には作ってくれなかったくせに……!」
弟はなおも笑う。
「ふふっ。クリスティーナか……。彼女にも感謝した方がいいな」
「ク、クリスティーナに、感謝!? しっかりしてくれファウナ! 私が、必ず助けてやるからな!」
「あはは。僕は平気だって何度も言ってるのに。フフ。おかしな兄さんだなあ」
ファウナス王子が正気に返って真相を語らざるを得なくなったのは、王立病院の救急外来に引きずられて行って、医師と助手に取り囲まれてからだった。
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