それと同時に、プリムラの背後に人影が立った。
「甘えようったって、そうはいかないわよ?」
「!」
プリムラの金髪が、勢い良く後ろに引っ張られた。
クリスティーナが、鎖を左手に立っていた。
右手にはプリムラの髪をつかんでいる。
「ちょっと目を離した隙に、フロラのところに逃げ込むなんて」
魔法使いは戦慄の微笑みを浮かべた。
「まだまだ、しごき方が足りなかったようねえ?」
「離しなさいよ!」
プリムラが激しく首を振るが、クリスティーナの手は髪をきつくつかんで離さない。
「クリスティーナさん……」
フロラは言葉と行動の選択に迷った。プリムラのためには、彼女の弱さを受容してはいけない。だから、だまってみていなければならない。けれど、……かわいそうだ。
クリスティーナは、白銀にも白金にも輝くきらびやかな頭髪を揺らした。
そして、呪いをしみこませるように冷ややかな口調で言った。
「あんたは魔女なの。だから簡単には死なないの。何度言ったらわかるのかしら? 弱音なんか、一生吐けないの。魔法使いになるためには、心を体より強く鍛えなければならないのよ。歪まないように」
クリスティーナは、にやりと笑った。
「決めた。今日は砂漠に埋めてやる」
フローレンスがぎょっとする。
連れて行く、や、置き去りにする、ではなく、埋めると言った。
「クリスティーナ、さん」
自然、叔母を呼ぶ声が乾いたものになった。
「ん? なあに?」
にもかかわらず、クリスティーナは、はずむような笑顔をフロラに向けた。まるで丘の上にピクニックに行くように、期待とよろこびにあふれていた。
「今、埋めるって……」
クリスティーナは、顔色を無くしてしまったフロラに、暖かくやさしく微笑んだ。
「気にしないでいいのよ! このガキのことなんか」
そして、姪が応答する隙を与えずに、にこやかに言葉を続けた。
「じゃあ、行ってきます! 私だけは夕方ごろ帰ってくるわ! 今日は、おみやげ持ってくるからね! じゃ、フロラも、お勉強頑張ってね!」
魔法使いと、髪をつかまれた見習いは、姿を消した。
「いって、らっしゃい……」
二人はいなくなった。
フロラには心配だけが残された。
「プリムラ……」
大丈夫、魔女なんだから、きっと大丈夫。今日もプリムラは帰ってくるはず。
フロラは、不安を取り除くために、そう思おうと努めた。
自分に暗示を掛けるように、独りつぶやく。
「魔女同士はあれが普通なの。あれが普通の会話なの。簡単には死なないの。人とは違うの」
新しい生活では、かつてのように自分の心身のことを心配する必要は全く無くなった。けれど、他人への心配が新しく生まれた。
フロラは祈る。継姉のために。
「今日もプリムラがちゃんと帰ってきますように」
|